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7度目の準優勝の川崎フロンターレ~記録ではなく、『記憶に残るチーム』の魅力とは?

hirobrown

2017/01/09 23:05

2017/01/10 05:35

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『オリジナル10』ではないクラブのアイデンティティ


まさか!?F1マシンが試合会場で走るとは?オリジナル10ではないが、企業努力が窺える川崎は立派な優良クラブだ。by Yahoo!ニュース

 とはいえ、未だにタイトルを1度も獲得できない事で、「良いサッカーをしても勝てなければ意味がない」と揶揄される事も多い川崎。しかし、それはクラブの立ち位置や起源にも関係があると言えます。

 クラブが前身の「富士通サッカー部」から「川崎フロンターレ」へと改称したのは1997年。そして、当時のJリーグへと初めて参入したのは1999年のJ2リーグからで、1993年に創設されたJリーグでは7年目のシーズンです。

 『オリジナル10』と呼ばれる創設当初の10クラブとは違い、後発のクラブにはただ単に試合に勝つだけでなく、様々な企業努力が必要になって来ます。

 川崎はもちろん、ジュビロ磐田や湘南ベルマーレ、柏レイソル、セレッソ大阪などはすでにオリジナル10のクラブがある都道府県に誕生したクラブで、それゆえの苦労を経験していますが、クラブとしての独自のカラーや拘りを持つ面白いクラブです。これらのクラブが持つアイデンティティはサポーター間でもしっかりと共有される文化になっています。

 同じ神奈川県に横浜(F)マリノスというオリジナル10の伝統的なクラブが存在し、湘南ベルマーレや多摩川を挟めばFC東京も拠点を置く川崎の地。さらに、Jリーグ創設当初の絶対的な強豪であったヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ1969)が存在していても、集客力の観点からホームゲームを国立競技場で開催するなど、川崎は「サッカー不毛の地」とも呼ばれていました。

 そんな環境下にありながら、計算ドリルを作ったり、F1マシンを試合会場で走らせるなど、様々なイベントを行って多くのファンを獲得して来た川崎。それらを企画して来た「サッカー事業部プロモーション部部長」天野春果氏は、2017年から「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」に出向する事になっている通り、各方面から高く評価されています。

『記録に残るチーム』ではないが、『記憶に残るチーム』


タイトルという記録には残らなかったが、「記憶に残るチーム」を作った風間監督が退任。来季からは「記録に残るチーム」鹿島出身の鬼木コーチが監督に就任する。by Jleague.jp

 そんな力強いフロントがいるチームのサッカーが面白くないわけがありません。

 初めてJ1へ昇格した2000年シーズンこそ、1年でJ2降格に至りましたが、2005年に再昇格後はJ1でも2011年の11位以外は全て一桁順位を維持し、優勝争いでも常連の主役級のチームとなっています。本当はJ1に定着しているだけでも偉業なのに、今ではタイトルの有無を揶揄されているのは、ある意味では揶揄ではなく称賛と捉えられるのかもしれません。

 2004年から6シーズン(1度は不整脈で退任)に渡って指揮した関塚隆監督体制の頃から常に攻撃的なサッカーを貫いて川崎ですが、当時はジュニーニョ選手やチョン・テセ選手(現・清水エスパルス)、レナチーニョ選手のような圧倒的な個人能力を持つ外国籍FWに頼ったサッカーでもありました。

 そのような「勝つだけでは意味がない」事を知った川崎は、風間監督の下で日本人選手が主役として展開するサッカーを熟成させて来ました。2015年の夏に、それまで左サイドからの攻撃に関してはほぼ一任されていたFWレナト選手が中国の広州富力に爆買いされて以降、そのサッカーはさらに「和」のテイストを強めましたが、それによって2016年の完成度が高いサッカーが構築されました。それでも川崎はタイトルが獲れませんでした。

 来る2017年シーズン、川崎には少なからず変化が起こるでしょう。「変化が必要な時だ」と言われれば、確かにそうかもしれません。サポーターにとって、今までタイトル獲得よりも大事にして来たモノが変わる時も来るかもしれません。

 そんな時どうすればいいか?それはいつまでも今の選手達や監督が体現して来たサッカーを覚えていてあげる事です。それが愛情の形ではないでしょうか?

 「勝つだけでは意味がない」事を知っている川崎フロンターレというクラブ、チーム、サポーターはその愛情表現が得意な人達の集団だと思います。若くて新しいファンが出来た時、明らかに初めて現地観戦をしているようなファンと出会った時、大切にして来た1枚の写真から当時の事を彼等に話してあげられる。

 タイトルを獲れば「記録に残るチーム」になりますが、川崎フロンターレのような「記憶に残るチーム」には現在も熱心に応援しているサポーターの存在が大切です。

 実際、2016年シーズンのJリーグMVPをMF中村憲剛選手が受賞しているように、確かに川崎のサッカーは記憶に残っています。あとは、バルセロナでのMFシャビ・エルナンデス選手(現・アル・サッド/カタール)が中村選手で、MFアンドレス・イ二エスタ選手がMF大島僚太選手だとすれば、”川崎のメッシ・ミヨッシ”こそMF三好康児選手が、リオネル・メッシ選手のように育つのを見守るだけです!

 そして、タイトルを獲れなかった事は悔しいですが、その悔しさはこうして受け流しましょう!

 「『記録』は鹿島アントラーズさんに任せて、我々は『記憶』に残るサッカーをしていますから!」

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