はじめて市立吹田サッカースタジアム(パナソニックスタジアム吹田)を訪れたのは2016年10月、吹田市からの依頼で『スタジアムを中心としたまちづくり』というテーマで講演をさせていただいた頃に遡る。
総工費約140億8567万円のうち、法人721社(約99億5000万円)個人3万4627人(6億2200万円)の寄付金で賄われワールドクラスのサッカー専用スタジアムに寄せる市民の関心、そして経済効果への期待もさることながら、あとに行われたスタジアムツアーで目の当たりにした最新鋭のスペックに驚愕した。サッカー専用スタジアムが与えるインパクトは想像をはるかに超えていた。
以来、2017年2月、ミクスタ(ミクニワールド北九州スタジアム)の新設をはじめ、京都や甲府、山形、平塚など全国各地で専スタ(サッカー専用スタジアム)建設の気運が高まっている。
しかしここで一つの疑問が浮上する。なぜ今、このタイミングで専スタブームが巻き起こっているのか。Jリーグにおける観客動員数が劇増しているわけではないのにである。「数字上では観客動員は増えている、しかし、それは単にチーム数が増えているからにすぎない。」「身の丈にあったクラブ運営をすべき。」など識者を中心に時期尚早を懸念する声も少なくない。
今回インタビューに登場していただいた長岡 茂氏は「こうした動きはヨーロッパのトレンドの影響であり、着実なステップアップである。」という見解を示している。そして今後、全国を席巻するであろうこの現象を『第2次専スタブーム』であると付け加えた。
第1次専スタブームの背景
以前、とあるイベントで長岡さんの話を聞かせていただきました。中でも特に印象深かったのが、昨今は第2次専スタ(サッカー専用スタジアム)建設ブームだというお話です。今回はそのお話を掘り下げていきたいのですが、まずは第1次専スタブームについてお聞かせください。
(長岡)第1次はJリーグ開幕当時まで遡ります。Jリーグありきで作られたスタジアムがほとんどでした。他の競技をやる前提がなかったのです。せいぜいラグビーとの兼用ぐらいでした。県立カシマサッカースタジアムでも、ラグビーのゴールポストがありましたし、練習や試合で使用されたこともありました。その後、ラクロスなどあまりメジャーではなかった競技の競技人口が増えることによって、今度は貸す側がサッカーだけ、ラグビーだけというわけにもいかなくなった。いろいろな競技とシェアしていこう、そういう意識が芽生え始めたのが、93年にJリーグがスタートしてから2000年に向かっていくところでしたね。
――しかし、ブームの衰退に伴い観客動員数が目減りしていった、そういう問題に直面したのは95、96年くらいですよね。
(長岡)Jリーグチケットの入手困難が問題視されたのは、開幕当初から3年後くらいまででした。そこからブームが沈静化されて、チケットの入手困難は聞かれなくなりました。
――早いですね。
(長岡)早いですよ。それにチーム数も毎年のように増えていって。そうしているうちに97、98年頃になってくると横浜フリューゲルスのクラブ消滅問題とか清水エスパルスやベルマーレ平塚の経営危機問題が出てきました。バブルが弾けたことで、クラブの親会社の撤退によるクラブの存続危機。Jリーグがスタートして10年も経たないうちに解散に追い込まれるクラブが出てきてしまいました。一緒にやってきた仲間として他人事ではなかったですね。その反面96年に、2002年ワールドカップの開催(共催)が決まったことで、なんとかここを耐えしのいで2002年に繋げられればという思いでした。
――おそらく一般の方のイメージと違いますね。Jリーグ開幕からワールドカップ開催まで一気にという印象がありましたけど、その間に深刻な衰退があったのですね。
(長岡)そうですね。そもそもクラブ側も正直なところ、これほどまでブームが起きるなんて、開幕前に誰もが予想していなかったですからね。93年にJリーグがスタートしてどの試合でも満席、チケットがなかなか手に入らないほどのブームでした。そりゃもう嬉しい悲鳴でしたけど、やはり一過性のブームで終わらせたくはなかったという思いはありました。
しかし現実問題、時間が経過と共に観客動員数が減っていった。開幕前に思い描いていた「地道にコツコツとお客さんを増やしていこう」という考えが、反転してしまったわけです。集客のノウハウを培う前に、スタンドが一杯になってしまったから、「さあ、どうやってお客さんを呼び戻すか?」という試行錯誤が始まりました。
――そして専用スタジアム不要論がささやかれるようになった。
(長岡)客が入らないのにサッカー専用にする必要があるのかと。他の競技、陸上競技と一緒の方が利用率を確保できるのではないか、当時はそこに反論できるだけの材料がありませんでした。
第2次専スタブームの到来
――そしてここに来て、再び“専スタ・2次ブーム”が訪れている、なぜでしょう?
(長岡)やはり一つはラグビーワールドカップ、そして東京オリンピックもそうですし、あとはJリーグの加盟クラブが25年の経過とともにU-23チームを除いて51チームまで増えました。そういう意味においてもサッカーにかけられている期待の表れではないでしょうか。
私が子供の頃は、野球をやっている子供が多くて、サッカーをやっている子供はほとんどいませんでしたが、今では子供さんのチームに、お父さんコーチを含め指導者も合わせて増えて、環境も様変わりしました。競技人口の増加も、一因になっていると思います。しかし、アマチュアの方たちにとっては、試合時の集客という部分は、あまり重要ではありませんが、プロはそうはいきません。試合がクラブを運営するための収入源です。収入を増やすために、試合数を劇的に増やすことはできませんから、そうなってくると一つの試合でどれだけ稼ぎだせるのかということになってくる。
その点でもヨーロッパのトレンドが参考になります。ドイツも昔は専用スタジアムではなく陸上競技場と併設が一般的でした。ケルンもフランクフルトもシャルケも、あのバイエルン・ミュンヘンもそうでした。ドルトムントくらいでしたね、サッカー専用は。
そしてワールドカップのレギュレーションが、変更になった影響も大きい。2002年ワールドカップ当時は、陸上トラックの中に何とか収めることができる芝生のサイズ(縦115m✕横78m)でしたが、2006年ドイツ大会の時には、芝生のサイズが縦130mという規定変更があり、それでは陸上トラックの中に収まらなくなりました。FIFAは、ウォーミングアップの場所まで、芝生にすることを指示しました。
――なるほど。
(長岡)そういう背景も含めて、専用スタジアムの会場を用意しなければいけないという流れにもなりました。それにクラブ側もチャンピオンズリーグをはじめとしたサッカーにおけるビジネス活用に力を注ぎ始めました。客単価を上げるという意味でもビューボックスやVIP席を設置するのもそうですし、あらゆる側面での質の向上を手がけるようになってきた。快適に観戦することを目指す、これがヨーロッパの現在のトレンドですね。そうすることによって、試合で得られる収入を大幅に上げて、選手を獲得し、更なるスタジアムの快適化へ投資することができるようになりました。
――日本はそこを追いかけているわけですね。昨今では市立吹田サッカースタジアム(2016年2月)を皮切りに続々と専用スタジアムが出来上がっていますよね。
(長岡)新設したミクニワールド北九州スタジアム(2017年2月)、あとはセレッソ大阪のキンチョウスタジアムは、元々あるスタジアムを手直しすることにしています。そして今、京都が動き出していますね。そして甲府。あとは山形、秋田ですね。自治体を交えて、検討委員会みたいなものが立ち上がって動き出していると聞いています。
――平塚(湘南ベルマーレのホーム)にも気配を感じますね。
(長岡)検討委員会で候補地がいくつか上がっているところですね。ただニュースを見る限り、昨年(2017年11月)にホームタウンにも加わった鎌倉市がスタジアムを作るのではないかという話も挙がっています。
――やはり専スタのトレンドが追い風になっているのですね。
(長岡)ただし、50年後、果たしてサッカーのみのスタジアムでは無理が生じる可能性が懸念されます。ますます少子高齢化が進んでいくことでしょうし。地元のプロチームがフルに使用したとしてもせいぜい週に二日程度、問題は残りの五日間、試合の無い時にどう活用するのか。すでにヨーロッパではそういう方向へシフトしようとしています。
東京23区にサッカースタジアムを
(長岡)これから19年20年に向けて、世界的なスポーツイベントがありますが、その中で味の素スタジアムが、来年(2019年)6月に陸上の近代五種のワールドカップを開催することが決まっていますし、9月からはラグビーのワールドカップの会場となることが決まっており約2カ月間使用できません。ラグビーワールドカップにおいては、日産スタジアムを使用している横浜F・マリノスも同様です。ただ横浜F・マリノスの場合は、ニッパツ三ツ沢球技場がありますが、横浜FC、Y.S.C.C.横浜、そしてなでしこリーグのチームなどと、共同使用の運びになるので、グラウンドコンディションも厳しいでしょう。J1基準を満たしたスタジアムが、味の素スタジアム以外はない東京都をホームとしているFC東京と東京ヴェルディにとっては、来年・再来年は厳しい状況が続きますね。
――報道によると東京オリンピックにおいて、味の素スタジアムはサッカーでの使用はないと。
(長岡)はい。近代五種の会場になることが決まったので、残念ながらサッカー会場として味の素スタジアムは使われなくなってしまいました。
――こういう状況が追い風となり、ますます東京23区にサッカー専用スタジアムの建設を!という機運が高まっているのですね。
(長岡)FC東京にヴェルディ、それ以外にも今、関東リーグでも東京都のチームも増えてきていますから、ニーズは確実にありますね。東京の人口の7割8割が23区に集中しているわけですから、ましてや交通インフラもあるわけですし、それは大きいです。
それだけのスタジアムができれば、当該のJクラブだけでなく、大学や高校を含めて沢山のチームがありますから、みなさんグラウンドを探しに苦労されています。実際に東京都リーグですら、都内でリーグ戦が開催できずに埼玉や千葉で試合をすることも珍しくはありません。都内で試合ができる会場が、ノドから手が出るほど欲しいのが本心だと思います。
――東京のスタジアム事情について最新情報はありますか?
(長岡)新聞でも伝えられていますが、FC東京が代々木公園に検討しているというニュースがあります。あとは2020年東京オリンピックのメイン会場、新国立競技場が大会後に、球技専用の競技場になります。すごく興味深いですね。
ヨーロッパとの差は20年
――これまでのお話を聞いていると、スタジアム建設は行政に委ねないと実現しないという前提を感じますが、ヨーロッパではクラブ自前のスタジアムが増えてきていますよね?
(長岡)バイエルンに関しては、行政ではなくアリアンツという金融グループの企業が主導となり『アリアンツアレーナ』が完成しました。アーセナルにしてもエミレーツ航空が、ネーミングライツスポンサーになって、スタジアムの軍資金をいただいているわけです。
日本ではガンバ大阪が『市立吹田サッカースタジアム』の建設の際に、寄付を集めることで行政の持ち出しをできる限り少なくしたという事例もありますし、今年(2018年)の4月からヴィッセル神戸のホームスタジアム『ノエビアスタジアム』もヴィッセル神戸が指定管理になって収入増のために投資するという発表もされています。
――行政頼みではなく、企業とタッグを組むという流れになってきているのですね。
(長岡)サッカーではないけれど、プロ野球のDeNAベイスターズが横浜スタジアムの経営権を買いました。そしてエンターテイメント性を打ち出し満席のスタンドを作り出すことに成功しました。そして現在、スタジアムの改修増席に80億円の投資をしている。回収の目処が立っているから投資するのでしょう。
今の時代、エンターテインメント産業への投資が盛んになってきています。例えば、ぴあが横浜にコンサート会場をつくる、そこに三菱地所が加わる。それぞれの会社が新しい収入の糸口を探している。これまでのようにマンションを建設する、分譲、あるいは賃貸するというだけでは確実に先細りする。持っている土地をどう有効活用するか、他社のノウハウとどう組み合わせるか、共用という形で新しい事業を模索しているのだと思います。
――やはりサッカー専用スタジアムでの観戦はサッカーファンにとって待望ですよね。
(長岡)やはり専用スタジアムでの観戦は楽しいですよね。グラウンドに対して並行なり真正面に観られるわけじゃないですか。そこに陸上トラックがないのですから。もう一つは選手との距離感ですね。相手のチームにとっては脅威ですよ。例えば、香川選手のいるボルシア・ドルトムントの本拠地『ジグナル・イドゥナ・パルク』あそこのスタジアムはスタンドが壁に見えますから。相手にしてみれば相当威圧されますよね。そういう効果もある。
――そしてやはり生で見る芝の美しさに惚れ惚れします。
(長岡)そうですね、私の経験でいうと96年にイングランドへ視察に行った時に、新設される『ウェンブリー・スタジアム』にハイブリッド芝を採用するというお話を伺いました。ハイブリッドと聞くと人工芝だと勘違いされがちですが、実はそうではありません。芝を引き抜かれないように人工繊維で押さえつけるようなものなんです。Jリーグでは2017年にようやく採用されたところです。20年のタイムラグがあります。彼等はどんどん先に行っていますから、もっと差は開いているかもしれません。
芝生がほじくり返らないという部分でも、ラグビーと使用をシェアできますしね。やはり観客にしてみれば、デコボコなグラウンドとか、芝生がハゲハゲなグラウンドで観たくはないでしょうから。緑の美しい、気持ち良いピッチをみなさん期待して来られるわけですから。それに当然、プレーにも影響しますよね。デコボコなグラウンドではバルサのような鮮やかなパスサッカーは観られませんからね。
――本日はお忙しい中ありがとうございました。
長岡茂(ながおか・しげる)
Espoir Sport株式会社代表取締役。鹿島アントラーズ、アルビレックス新潟、湘南ベルマーレ、サガン鳥栖、ギラヴァンツ北九州と5つのJリーグクラブに従事。FIFAワールドカップ日本組織委員、茨城会場の運営責任者を歴任。2017年スペリオ城北(東京都2部)スーパーバイザーとして活動
本記事はライター勝村大介氏のサイトからの転載記事となります。