by UEFA.com
6月10日から開催されているEURO2016フランス大会もベスト8が全て出揃いました。残すのは準々決勝・準決勝・決勝の7試合のみとなります。
2年前のブラジルW杯を制した現・世界王者のドイツはグループCで首位通過した上で、4試合連続の完封勝利。順当にベスト8まで駒を進めて来ました。
ただ、W杯を制して以降の世界王者には、やや大きな変化がありました。主将のDFフィリップ・ラーム選手、長身センターバックのペア・メルテザッカー選手、FWミロスラフ・クローゼ選手という、これまでのチームのコア部分を担っていたベテラン選手がドイツ代表を引退したのです。
EURO予選でも首位通過したとはいえ、ポーランドとアイルランドに敗れるなど、その変化の大きさをネガティヴに感じさせていました。
by WOWOW
特に「世界最高のサイドバック」とも称されるラーム選手(上記写真)が抜けた右サイドバックのポジションには、本来はCBのベネディクト・ヘーベデス選手やボランチが本職のセバスティアン・ルディ選手、MFエムレ・チャン選手などが試されて来たものの、EURO本大会へ向けても未だにその穴を埋めるような選手を見つけられずにいました。
しかし、本大会のグループステージ第3戦・北アイルランド戦で先発に抜擢されたジョシュア・キミッヒ選手が、その問題に対する解答となりそうです。キミッヒ選手が右SBで先発した北アイルランド戦を1-0と制したドイツは、続く決勝トーナメント1回戦でもスロバキアを3-0と一蹴。順当に準々決勝に進出しています。キミッヒ選手もこの快勝に大きく貢献しました。
ペップが惚れたピボーテ「ピンチをチャンスに変えるMF」
by Bayern News
実はその北アイルランド戦が代表初先発だったキミッヒ選手は現在21歳。約1年前にドイツの絶対王者であるバイエルン・ミュンヘンに20歳で引き抜かれた守備的MFを本職とする選手です。
ドイツサッカー界の「育成の名門」であるシュツットガルトの下部組織出身で、プロ契約後はすぐに当時の3部リーグに所属していたRBライプツィヒへレンタル移籍をしていました。
世界中の多くのスポーツを支援する飲料メーカーであるレッドブル社が買収し、2009年に新たに立ち上がったクラブであるRBライプツィヒでは加入初年度の2013-2014シーズンに2部昇格に貢献。2年目にも昇格した2部で5位に大躍進。2年間で計53試合のリーグ戦に出場し、確実に実戦感覚を養いました。
そんな中、2014年のU19欧州選手権でU19ドイツ代表を優勝に導いたキミッヒ選手のプレーを見たバイエルンの指揮官=ジョゼップ・グアルディオラ監督(来季からマンチェスター・シティ監督)が直接熱心にラブコールを送り、20歳にして世界屈指のメガクラブの一員となりました。
現役時代にバルセロナとスペイン代表で守備的MFとしてプレーしたグアルディオラ監督。指導者に転身後もスペイン語で「ピボーテ」と呼ばれるこのポジションを務める選手への熱心な指導ぶりで有名です。そんなペップ監督がトップリーグでの経験もない、当時は19歳のMFの獲得を強く要望し、当時のレートで12億円もの移籍金を払って加入させた選手なのです。
176cm70kgと決して体格には恵まれてはいないキミッヒ選手ですが、驚異的な危機察知能力と単独でもボールを奪える守備能力に加えて、長短のパスを駆使した展開力も持ち合わせています。まさに「ピンチをチャンスに変えるMF」とは、キミッヒ選手のプレーを表現したペップ監督の言葉です。
バイエルンではCBとして開眼
ただ、世界屈指のメガクラブであるバイエルンにはスペイン代表でW杯やEUROを制したシャビ・アロンソ選手や、上記したドイツ代表の元主将ラーム選手が守備的MFとしてプレーしていました。同じく新加入だったチリ代表のアルトゥーロ・ビダル選手もこのポジションで起用され始め、キミッヒ選手の出場機会は限られたものになりました。
そんなキミッヒ選手に転機が訪れたのは、シーズン後半戦に入ってから。CBを本職とする選手が軒並み長期離脱を伴う負傷で戦線を離脱。チームの危機的な状況を救ったのがキミッヒ選手のCBへのコンバートでした。
最初はチーム自体のシステムを4バックから3バックに変更してCBへの適応を図ると、以降は日進月歩の成長を見せたキミッヒ選手。欧州チャンピオンリーグ直前のリーグ戦では、ベンチに温存されるまでに急成長を見せました。
その成長過程の日々では、ブンデスリーガでの首位攻防戦となったドルトムント戦でも好プレーを連発。リーグ4連覇の可能性を固めた試合でマン・オブ・ザ・マッチ級のプレーを披露しながら、試合終盤の僅かな戦術的ニュアンスのミスをペップ監督にピッチ上で叱責された事もありました(写真の通り)。
ただ、そのお説教の直後に彼等はピッチ上で抱き合い、会見では「世界最高のCBになれる」と語っていました。21歳となった”未来型CB”の将来に、信頼と情熱を傾けていたのです。
キミッヒの出場記録と起用ポジション
一般的なメディアでは「バイエルンでは主にボランチとしてプレーしている」などの解説が多いキミッヒ選手ですが、実際は違います。上記の表は筆者調べではありますが、特に今季の前半戦と後半戦に分けながら調べてみると、後半戦にCBとして急成長した跡が見えます。
しかもリーグ戦が終了し、怪我人も戻った状況で迎えたDFBポカール(ドイツカップ)決勝でも、ドルトムント相手にスコアレスからのPK戦勝利。シーズン2冠目を飾ったピッチにも120分間フル出場(PKは外しましたが)しました。ペップ監督が彼をCBとして信頼していた事が分かります。
水準以上のスピードも備えているため、ドルトムントの快速エースFWピエール・エメリク・オーバメヤン選手を相手にも”速さ”で対応できるキミッヒ選手は、ボール支配率が70%を超えるバイエルンではCBとしてプレーした方が向いているのかもしれません。
全てを兼ね備える”未来型MF”は現代サッカーのDF向き?ドイツ代表では右SBとして欧州制覇を狙う!
現在の世界トップレベルのサッカーではボランチに攻撃を組み立てる能力とCB並みの守備力の両方を求められます。それもSBが攻撃参加した際のリスク管理とポジショニングの妙、CBとのビルドアップでのボールの持ち上がり方といった思考力が求められます。
キミッヒ選手はこうした現代型、あるいは未来型のボランチの要素を全て備えている選手であるため、バイエルンではCBとして、ドイツ代表では「新たなラーム」として右SBとしても直ぐに適応したと考えられます。
ブラジルW杯に続いて、今大会のEUROでの欧州制覇を狙うドイツに欠けていた右SBのラーム選手の穴。その”ラストピース”は、この21歳のMF兼DFジョシュア・キミッヒ選手が埋めるでしょう!
いえ、ユース代表では主将を務めた彼ならば、『キミッヒの時代』を新たに構築してくれるはずです!