Shooty

ありがとうレジェンド みんなに愛されたピサーロ 降格で終わるわけにはいかない!

KOFA

2020/06/27 14:20

2020/06/26 13:49

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NEWS

ブンデスリーガ史上最も偉大なストライカーの1人が引退の時を迎える。

ここまでブンデス489試合に出場(ブレーメンで249試合、バイエルンで224試合、ケルンで16試合)
197ゴール76アシスト(アシスト数は諸説あり)
ブンデス最年長ゴール記録(40歳227日)も有する偉大なレジェンドだ。


全ての始まりは1999年。当時20歳だったクラウディオ ピサーロがアリアンサ・リマからブレーメンに移籍したことから始まる。
ピサーロを発掘したのはブレーメンの元会長のユルゲンLボルンだ。
1999年にパラグアイで行われたコパアメリカでピサーロの姿を目の当たりにすることとなった。
ピサーロはすでにラ・リーガのベティスへの移籍が近づいていたが、数回の“飲みの席”でピサーロの父親を説得し、ブレーメンに連れてくることに成功した。
ブレーメンでブンデス通算109ゴールを記録しているが、その間には伝説的なデュオともなっているアイウトンとの“ピッツァ・トーニ”も結成された。

ピサーロはそのプレースタイルでファンを魅了しただけではない。
お茶目な性格とリラックスした雰囲気で人々を惹きつけた。特にブレーメンの人々を。
しかし、最も成功を収めたのはバイエルン時代(01年~07年、12年~15年)だった。
6度のブンデス制覇、12/13季のCL制覇などタイトルをほしいままとした。ブレーメンでも08/09季にはポカールを制覇した。キャリアで最も暗い影となったのは17/18季にケルンで降格を味わってしまったことだ。
これは今季のブレーメンでも繰り返されてしまうかもしれない。
もしそうなった場合、残念なお別れの形になってしまう。そこにはファンの姿もないからだ。

それでも最後の希望の可能性はまだ残されている。
79歳のボルン氏は「まだ運が残っているなら、クラウディオのキャリアの最後が降格で終わらないことを祈るよ。彼がゴールを決めて残留を果たすことを毎日少しだけ夢見ているよ」とコメント。

素晴らしいキャリアの最後に奇跡のゴールを!ピサーロのサッカー選手としての寿命を7月6日(昇格降格プレーオフのセカンドレグの日程)まで伸ばし、そして奇跡の残留の希望が生き続けることを。

ブンデス最終節のホームでのケルン戦。
ブレーメンは勝利を絶対条件に、16位デュッセルドルフとウニオンベルリン戦の結果を待たなくてはならない。

笑顔の似合うピサーロとの最高のお別れの形のためにもブレーメンは降格を絶対に避けなくてはならない。

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