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試練の経験が日本代表GKの選出に繋がった、ガンバ大阪の東口順昭選手

扇ガ谷 道房

2017/03/30 09:19

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NEWS

どんな世界でも、順風満帆に成長して行く人と、波乱万丈の人生を送る人がいるものです。サッカーの世界でも同様です。
国を代表する選手になった現在だけを観ると、幼い時から運動神経が高く、抜きん出ていたからこそ代表に選出されていると思う物です。
しかしそうとは限りません。Shootyでも多くのプロサッカー選手の経歴を振り返っていますが、知れば知る程に人生とは深く趣きある物だと思います。
今日は現役日本代表GKにスポットを当てて、半生を振り返りながら、意外性の中に人となりを見出して参ります。
ガンバ大阪の東口順昭選手(以降、東口選手と記載。)です。


by ガンバ大阪公式ページ

ユースに昇格できなかった経験

1986年大阪生まれの東口選手は、小学生の時からサッカーを始めて、中学生になるとガンバ大阪ジュニアユースに入団します。この事実を知ると、ガンバ大阪の生え抜き選手として現在に至って日本代表にまで選出されたと思うのが普通です。しかし事実は違ったのです。
  
順調に行けばジュニアユースからユースに昇格するのですが、東口選手はユースに昇格する事ができませんでした。ここで東口少年のサッカー選手としての夢は一旦途絶えてしまいます。子供の時から地元大阪のプロサッカークラブであるガンバ大阪の一員だったのですから、頑張ってトップチームに昇格してJリーガーを目指していた筈です。
  
プロサッカークラブでの昇格の夢が叶わなかった東口選手は、高校、大学に進学してサッカーを続ける事になりました。
  
実はガンバ大阪ジュニアユースには、全く同学年で東口選手と同じ運命をたどった人物がいました。しかも同じく現役日本代表選手です。現在ACミラン所属の本田圭佑選手です。本田選手も東口選手と同様に、ガンバ大阪ジュニアユースに所属していましたが、ユースチームに昇格する事ができずに、已む無く高校に進学してサッカーを続けた人物でした。
  
とても意外な事に感じませんか?現役日本代表選手の二人が、同じJリーグクラブのユースに昇格できずに、挫折を経験した上で、サッカーを諦める事なく継続した結果、とうとう日本代表に選出されているのです。
  
しかも、東口選手はユース昇格ができなかったガンバ大阪の守護神として現在正GKとして活躍しているのです。見事な復活劇と言えます。希望は捨ててはならないという証明です。

by 東口選手のInstagram

新潟の地で頭角を現す

京都洛南高校から福井工業大学に進学した東口選手でしたが、不幸にも大学2年生の時にサッカー部が解散してしまいます。サッカー人生二度目の不幸でした。それでもサッカーを辞める事なく、新潟経営大学に転入してサッカーを継続します。
  
二度の不幸を経験してもサッカーを継続した東口選手に、サッカーの神様は好運をもたらしてくれました。2007年にユニバーシアード代表に選出されたのです。現在インテルナツィオナーレ・ミラノに所属している明治大学の長友佑都選手もその時のメンバーでした。
  
大阪生まれの東口選手は、新潟の地で徐々に頭角を現して行きました。新潟経営大学生の時にアルビレックス新潟の特別指定選手に登録され、卒業するとそのままアルビレックス新潟に入団し晴れてJリーガーになったのです。
  
実は大学卒業時には、古巣のガンバ大阪からもオファーがあったそうなのです。それでも、自身がサッカー選手として見出された土地である新潟でプロサッカー選手になる事を選んだ東口選手に、男としての美学を感じませんか。
     

by 新潟経営大学のトピックス

思わぬ展開から正GKの座へ

2009年アルビレックス新潟の選手になった東口選手ですが、初年度はカップ戦1試合の起用にとどまりました。しかし、又してもサッカーの神様は好運をもたらしてくれました。
  
2010年も第3GKという位置付けでシーズンはスタートしましたが、開幕前に正GKが負傷し、第2節で何と第2GKも負傷離脱してしまった為に東口選手にGKの座がやって来ました。この想定外のチャンスをものにして、アルビレックス新潟の正GKに定着する事になったのです。
  
勿論チャンスがあっても、その重責を担うだけの力量が備わっていたればこその事です。


by アルビレックス新潟HP

初のA代表出場ゲームは記憶に残るゴール

2011年3月29日、大阪長居スタジアムで”東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!”という慈善サッカー大会が開催されました。勿論東北地方太平洋沖地震復興支援が最大の目的でしたが、一方では予定されていたキリン・チャレンジ・カップの開催が断念された事も背景にありました。
  
そこで日本代表とJリーグ選抜がゲームを行い、被災地の皆さんに元気になってもらおうという趣旨で開かれたのがこの大会でした。この大会の日本代表メンバーとして、東口選手が初めてA代表に選出されたのです。
  
川島永嗣選手、西川周作選手に次いで始めてA代表のゴールを守りました。その時に印象的なゴールを決められてしまいます。三浦知良選手の劇的なゴールでした。この一撃は日本中に元気をもたらしてくれたゴールとして有名になりましたが、その時のGKが東口選手だった事は余り知られていません。
  

by 東口選手のInstagram

ジュニアユース以来の古巣に完全移籍

2014年、東口選手は古巣のガンバ大阪に完全移籍を果たします。ジュニアユースを離れてから13年が経過していました。回り道の様に見えるかもしれませんが、この13年間があったからこその移籍とも言えるのではないでしょうか。
 
ガンバ大阪はJリーグチャンピオン、AFCアジアチャンピオンになった事もある、言わずと知れた日本を代表するプロサッカークラブですから、そのクラブへ請われて移籍する事は何よりも光栄な事です。
 
移籍後はガンバ大阪の正GKとして出場を続け、決まったと思われる相手ゴールを数々の超人的な美技で防御して来ました。
 
現代サッカーにおけるGKには、三つも大きな力が必要だと言われています。当然ながら防御能力、そしてキック(コントロール)能力、コーチング能力です。ボールをはじき返すだけの力だけでは、現代サッカーにおいてはGKは務まりません。
 
東口選手にもこの三つの能力が備わっています。中でも、防御能力には圧倒的な力があります。絶対に決まったと思われるゴールを何度も止めているシーンをご覧になられた事も多いのではないでしょうか。
 
2015年からは連続して日本代表にも選出されていて、日本を代表するGKに成長しました。
 
ジュニアユースからユースに昇格できないという不運と試練を乗り越えて、東口選手は夢を諦めずに、夢を実現してしまいました。見事な精神力の賜物だと筆者は思います。
  

by ガンバ大阪公式ページ

2017年シーズン早々、第3節のFC東京戦で、東口選手は大久保嘉人選手と交錯して左頬骨を骨折してしまいました。現在はJリーグも欠場し、日本代表にも選出されませんでした。
しかし、4月1日のアルビレックス新潟戦で復帰する見通しになったと報道がされています。
古巣相手の試合で劇的復活されることを期待し、彼のセービングに注目したいです。

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