今シーズン、ジェフユナイテッド千葉がメンバーを大きく変えたことで話題になりましたが、そのチームを率いるのが関塚隆監督です。かつては、世代別代表の指導もしていた関塚監督はどのような経歴を歩んできたのでしょうか。
プロフィール
関塚隆
生年月日:1960年10月26日(55歳)
千葉県船橋市出身
ニックネーム・セキさん
JFA公認S級コーチ
若くして指導者の道へ
八千代高校、早稲田大学を経て本田技研工業に入団した関塚監督。ポジションはフォワードで、ベストイレブンにも選出されるなどの活躍を見せましたが、1991年、31歳で引退を決意します。その後は早稲田大学の監督や鹿島アントラーズのコーチなどを務め、2004年に川崎フロンターレ(当時J2)の監督に就任。関塚監督というと、川崎フロンターレの監督というイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。
当時の川崎は、後に日本代表に上り詰める我那覇選手、ブラジル人のジュニーニョ選手やマルクス選手が並ぶ豪華な攻撃陣を擁していました。関塚監督は勝点105の圧倒的な成績を残しJ2を制覇。その後、J1の舞台でも攻撃的なサッカーを繰り広げ、攻撃力が持ち味の川崎のサッカーを築きました。
しかし、2008年に健康状態が不安定になり監督を退任。2009年に復帰したものの、契約満了でチームを後にしました。
代表監督で残した功績、若手の育成に定評
2010年夏、日本代表兼U-23日本代表監督に就任した関塚監督。川崎時代に中村憲剛選手や谷口博之選手などの若手を育てた実績も買われ、2012年に行われるロンドン五輪を目指すチームを率いることになりました。
アジア予選を突破し、迎えた本大会。初戦の相手はスペインでした。当時のスペインのメンバーには、現在ビッグクラブで活躍するデヘア選手、イスコ選手、マタ選手、ハビ・マルティネス選手など豪華な顔ぶれが集まっていましたが、見事勝利を収めました。これで勢いに乗った日本は、最終的にはベスト4まで上り詰め世界に名を轟かせるオリンピックとなったわけです。
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この時の日本のメンバーにはその後海外へ旅立った選手も少なくありません。酒井選手、清武選手、権田選手、吉田選手(OA枠で出場)などは海外で活躍しており、日本代表の主力でもある選手たちです。
J1昇格に向けて下した大きな決断
そして今シーズンはジェフユナイテッド千葉で監督生活3年目を迎えます。24人もの選手を退団させ、新たに19人を加えるという大改革にはGMと関塚監督が話し合った結果「浸透度を高めるために、千葉への強い思いを持った選手を集めた」という狙いがあったようです。
先日まで宮崎で行われたニューイヤーカップでは鹿島アントラーズに勝利するなど、3戦3勝で見事優勝。「まだ50点」と監督は謙遜していますが、シーズン開幕に向けて手応えを掴んだ大会になったのではないでしょうか。
来シーズンこそはJ1復帰へ。関塚監督の手腕にも注目です!