ブンデス首位のライプツィヒ特集【第2弾】ラングニックとパワー・フットボール
現在ドイツ・ブンデスリーガ1部で開幕13戦無敗を続け、8連勝中で首位を走る驚異の昇格クラブ=RBライプツィヒ。
そのライプツィヒでスポーツディレクター(SD)としてチーム強化に携わるラルフ・ラングニック氏(58歳)は、シュツットガルトやシャルケの監督を歴任し、2008-2009シーズンには現在のライプツィヒのような初めてブンデス1部に昇格してきたホッフェンハイムの監督として、昇格初年度の前半戦を首位ターンし、「秋の王者」に導いたカリスマ指導者。そのキャリアから彼は「教授」と呼ばれています。
しかし、彼は強豪チームも率いたにも関わらずリーグ優勝の経験はなく、監督として勝ち取った主要タイトルは、2011年に2度目のシャルケの監督として勝ち取ったDFBポカール(ドイツ国内カップ)の優勝1度きり。それもそのシーズン終盤に途中就任したため、そのタイトル獲得の功績はフェリックス・マガト前監督にあったとも言える程。
言わば「無冠の帝王」とも揶揄されかねないにも関わらず、ドイツ国内外で長く「教授」と称され続ける彼が高く評価されているのは、現在では「パワー・フットボール」と呼ばれる、彼が発明した斬新なサッカーのスタイルやメソッド(方法論)にあります。
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盟友との共同作業から開発したドイツ発の新戦術
現在も日本代表FW浅野拓磨選手とMF細貝萌選手が在籍し、日本人にも馴染みのあるクラブ=シュツットガルトのあるバーデン=ヴュルテンベルク州出身のラングニック氏。
選手としてはシュツットガルトの下部組織に所属するもプロ選手としての契約までは勝ち取れず。他クラブでアマチュア選手としてプレーを続けたものの、3部リーグが限界で25歳で指導者の道へ。
27歳の時にシュツットガルトに戻り、クラブのアマチュアチームの監督となった頃、現在の彼の「師匠」や「盟友」となる人物と出会い、指導者キャリアの大きなターニングポイントを迎えました。
その後、ホッフェンハイムやシャルケ、ライプツィヒでも戦略アドバイザーとしてラングニック氏と2人3脚を組む事になる、ヘルムート・グロース氏。1980年代後半にヴュルテンベルク州サッカー協会のスタッフとして出会った2人は、当時の欧州サッカーを席巻していたイタリアのACミランによる新戦術「ゾーンプレス」を徹底的に研究し、それをこの地区のクラブで実践しようと指導書や練習メソッドを作成。
現在も2人が共同SD&戦略アドバイザーを務めるライプツィヒとレッドブル・ザルツブルクの2チームでも行っている仕事は、30年近く前にやって来た事の更新作業のようなモノなのでしょう。
3バックでガチガチのマンマーク守備と、「ゲルマン魂」による敢闘精神の力投型チームからの脱却が遅かったドイツ代表と多くのブンデスリーガのクラブ。その裏で彼等は地道に新たなサッカーのトレンドを研究し、ドイツ流に解釈した上で、ドイツ発の新戦術を開発して行きます。
「シュツットガルト派」指導者で溢れる現在のドイツサッカー界
また、このシュツットガルトのあるバーデン=ヴュルテンベルク州出身である事も重要で、ボルシア・ドルトムントを率いて2011年と2012年のブンデスリーガを連覇するユルゲン・クロップ氏(現リヴァプール監督/イングランド)や「パワー・フットボール」の最先端を行くバイヤー・レヴァークーゼンのロジャー・シュミット監督、現在ドイツ代表を率いて10年を越える長期政権に入っているヨアヒム・レーヴ代表監督も同州出身。レーヴ監督はシュツットガルトで選手としても監督としての経験も積んだ人物です。
クロップ氏が「監督として最も影響を受けた」と語るのは、彼が現役時代にマインツの指揮官として指導を受けたボルフガング・フランク氏。彼もまた、ACミランを研究し、選手であるクロップ氏と共にこのサッカーをドイツに広めた人物です。
クロップ監督は自らが作った造語である「ゲーゲン・プレッシング」なる新戦術をドルトムントで完成させ、現在もその斬新なスタイルでプレミアリーグでも躍動するチームを指揮していますが、ACミランのゾーンプレスはリヴァプールが1980年代の中頃から導入したモノをアレンジして始まったとも言われているだけに、クロップ監督がリヴァプールにやって来たのは歴史的背景から考えれば必然とも言えます。
ちなみにそのクロップ氏が率いたマインツとドルトムントを引き継いでいるトーマス・トゥヘル氏(現ドルトムント監督)は、ラングニック氏が3部から2部へ昇格させたウルムというチームの監督時代の主力DF。怪我で早くに現役引退した彼もまた、シュツットガルトの下部組織で指導者として多くの経験を積んでいますが、彼をシュツットガルトに招いたのは当時のトップチームの監督だったラングニック氏でした。
現在、「ゲーゲン・プレッシング」や、「パワー・フットボール」として括られるドイツ発の新戦術は、欧州や世界的にも知られるようになっていますが、それを実戦の場で実質的に広められる指導者は、この「シュツットガルト派」とも言われる人脈のある指導者たちに限られています。
「シュツットガルト」、「ドルトムント」、「マインツ」、「ホッフェンハイム」辺りをチェックする事は、ドイツサッカーだけでなく、欧州最先端のサッカーの近未来を知る要素になるかもしれません。どのクラブも日本人選手が在籍したクラブであるのは、日本人のサッカーファンとして誇らしく思います。
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ゾーン守備を攻撃に活かす「ゲーゲン・プレッシング」の原型
時は1990年代、イングランド発のゾーン守備を、イタリアが発展解釈して「ゾーンプレス」が生まれ、他方ではオランダ発の「トータル・フットボール」がヨハン・クライフ氏によってスペインに移植され、攻撃のための守備=「前進守備」が生まれました。
しかし、1990年のイタリアW杯と1996年の欧州選手権(現・EURO)イングランド大会を制していたドイツは過去の成功体験に縛られ、欧州全体が戦術的に進化する波から取り残され、代表チームもクラブレベルでも世代交代の遅れが始まり、次第に国際競争力を失っていきました。いつまで経っても「ドイツはゲルマン魂のサッカー」として語られる期間が長かったのはそのためです。
そんな3バックのマンツーマン守備が蔓延るドイツで、前線から最終ラインまでをコンパクトにする事により、4バックのゾーン守備を取り入れたラングニック一派。
そして「教授」ラングニック氏は3部リーグ時代のホッフェンハイムの監督に就任し、その実験をより深化させる事に成功。具体的にはボールを奪ってからの選択肢を縦パスに限定し、横パスはぺナルティエリアに入ってから許可される、という超高速カウンター攻撃でした。
横パスの選択肢を消すため、サイドエリアがほとんどない縦長のフィールドで行うという練習メニューや紅白戦が日常化されました。
最前線からのプレッシングを敢行するはもちろん、ボールを奪った瞬間の攻守の切り替えの速さで優位を作るサッカー。「ゲーゲン・プレッシング」や「トランジション型サッカー」と呼ばれるスタイルの原型を生み出したのです。
パワー・フットボール=「秩序化されたカオス」
他にもボール奪取後8秒以内にフィニッシュに至るという約束事を作るなど、このサッカーには瞬発系のスピードと共に、それを90分間フルスロットルでやり続ける事を求められる、という意味合いで「パワー・フットボール」と名付けられました。
このサッカーを浸透させるには、スピードとスタミナが必要不可欠な上、未だ完成されていない軟らかいサッカー能を持つ若手選手の多いチームである事が絶対条件。その上に攻撃の最終局面では個のタレントに任される部分もあるため、ホッフェンハイムやライプツィヒ、ザルツブルクなどに将来を有望される若手タレントが揃うのも必然です。
競技力の強さだけでなく、歴史的な伝統を持つビッグクラブに対抗できないライプツィヒやホッフェンハイムは若手タレントを集めて斬新なサッカーをするため、大枠での戦術的な縛りは多いのですが、「獲得時より市場価値を上げる野心のある24歳以下の若手」という獲得対象となる選手たちは、概ね3年以内に国内外のビッグクラブや上位クラブへ高額な移籍金で引き抜かれて行きます。
チーム戦術上ではマンネリかもしれませんが、現場では半ば必然的に編成に変化が訪れるため、ラングニック氏のようなSDならぬ総監督の必要性や存在意義が高いチームです。
現在のRBライプツィヒのラルフ・ハーゼンヒュットル監督は、昨季は有力選手が皆無の昇格組・インゴルシュタットで降格圏とは無縁の11位に押し上げ、絶対王者=バイエルン・ミュンヘン相手にも獰猛なプレッシングで挑むサッカーを高く評価されていました。
そんな彼がラングニック氏が作った指導書やメソッドを現場で実践しながら、自身の経験や考えをアレンジとして取り入れ、「現場監督」として現実的にチームを作る。ロジャー・シュミットを生んだザルツブルクも含め、ライプツィヒも監督を養成する組織にもなっています。
「パワー・フットボール」は「秩序化されたカオス」とも表現されますが、子供たちがボールに群がりながら続く「団子サッカー」を、大人たちが複雑な約束事を用いて同様の密集を作って行うサッカーです。
余談ですが、サイド攻撃に特徴があったものの、オールコート守備や速攻の形など、これに近いサッカーをイタリアで1996年頃から初めていた斬新な指導者がいました。アルベルト・ザッケローニ氏。よく聞いた名前です。
ライプツィヒ特集最終回となる次項では、この「パワー・フットボール」を実践する注目選手に特化した内容でお伝えしたいと思います。
お楽しみに☆