by カズキック
イングランド・プレミアリーグで奇跡のリーグ優勝を成し遂げたレスター・シティ。日本代表FW岡崎慎司選手が所属している事もあって、日本でも連日のように、その予算の低さから見た快挙ぶりが報道されました。
しかし、レスターはプレミアリーグ内では予算的に上から17番目かもしれませんが、選手年棒だけで約50億円、移籍金も含めた人件費で70億円も使えるクラブは、決して”貧乏”ではないでしょう。
直近5年間の欧州カップ戦での成績ポイントによって各国リーグを格付けする「UEFAカントリーグランキング」というシステムがあります。2位ドイツ、3位イングランドを大きく引き離している「実力派」首位のスペインリーグに、もしレスターが入れば、その予算はトップ5クラスです。
そんなスペインリーグに今季から日本代表MF乾貴士選手が参戦していますが、その乾選手が所属するエイバルこそが、「結局、カネかよ?」で辟易しそうなサッカー界で、慎ましくも逞しく生きています。
年間予算は最下位、本拠地はギリギリ2部水準、人口2万7千人のスモールタウンクラブ
by Web Sportiva
SDエイバルが初めて1部リーグに昇格してきたのは、創設75周年を迎えた2014年。フランスとの国境にも近いバスク自治州・ギプスコア県にある人口27000人の田舎町に本拠を構えるスモールタウン・クラブです。
ホームスタジアムであるイプルーアは1部リーグへ昇格した事で、今まで存在すらなかったバックスタンドを急遽建設。それが完成し、収容人数が5250人から6000人越えの微増を果たしましたが、それでやっと「2部リーグの基準」を満たした程度です。90年近いリーガエスパニョーラの歴史上で「最もホームタウンの人口が少なく、最も小さいホームスタジアムを持つクラブ」なのです。(上記の乾選手の背後に写るマンションの住人たちは急にバックスタンドが建設されて、「太陽が当たらなくなった」と抗議していますが、どう考えてもそれまで「無料観戦」していたそうです。)
それだけではありません。シーズン中に各選手に支給されるユニフォームは1シーズンにつき8枚まで。試合後に相手選手と交換したりしても9枚目以降は自費負担になるシビアさ。試合中に相手にユニフォームを破られるのは、それこそが「死活問題」です。
また、ホームスタジアムに駐車場がないため、試合日にはアウェイチームのバスがスタジアムに横付けするしかないほど。もちろん、エイバルの選手たちは路上駐車でスタジアム入りしています。
役員無報酬、強化部スタッフ3人~それでもシャビ・アロンソやシルバが在籍
ダビド・シルバ選手by futbola.es
そもそもクラブの歴史として最も多くシーズンを過ごしたのは2部どころか4部リーグ。年間予算は1部リーグへ昇格した事で前年の4倍になったものの、約20億円。1部リーグ昇格前までは5億円でした。日本で言えばJ2に上がって来ても驚かれそうなクラブが、バルセロナやレアル・マドリーと同じリーガ・エスパニョーラ1部で毎週プレーしているのです。ちなみに年間予算5億円で1部リーグ昇格を果たした2013-2014シーズンは1部・2部合わせても最低予算でした。
日本では15000人収容のスタジアムがないとライセンスが公布されず、J1リーグへは昇格できません。2013年のJFL優勝を果たした長野パルセイロ、2014年にJ2リーグでJ1昇格プレーオフ圏内となる5位に入ったギラヴァンツ北九州。共にサッカー面の成績を満たしていながら、スタジアムがJリーグの規格に間に合っていなかったため、J2昇格とJ1昇格プレーオフへの参加が見送られました。特に長野は新スタジアム建設の計画が進み、現在はその新しいサッカー専用のスタジアムで戦っているのに・・・。
エイバルがもし日本にいたら、Jリーグの規定で犠牲になっていた事でしょう。スペインではサッカーの競技面の成功が重視され、スタジアムの収容人数は向上努力さえ見せていれば1部リーグに昇格が認められるのです。
エイバル基本概要
そんなエイバルは慎ましいながらも効率的に育成でも強化を図っています。2012年、クラブはスペイン全土の経済危機もあってBチームを解散させましたが、代わりにユース出身の若手選手は、下部リーグのクラブへ積極的にレンタル移籍に出しました。クラブの強化担当は3人しかいないものの、その中の1人がレンタル移籍中選手のフォローや、レンタル受け入れ先の提携などの業務に専属させる事で、「育成」と「強化」を連結させているのです。
2000年にはシャビ・アロンソ選手、2004年にはダヴィド・シルバ選手(上記写真は当時)という、後にスペイン代表としてW杯やEUROで優勝メンバーとなる選手が若手時代にレンタル移籍でプレーしたクラブでもあります。
スペイン唯一の借金なしクラブ~「谷底の町クラブ」の奇跡
エイバル町中のエレベーター
ここまで「貧しさ」にまつわるエピソードを列記してきましたが、彼等はスペインの1部・2部リーグ合わせて「唯一の借金なしクラブ」です。スペインのサッカークラブは借金の返済を将来に送って来たツケが回り、クラブの破産や倒産が増えており、財産管理下に置かれるクラブも相当数あります。
そんな中で、エイバルは借金なしを貫くために上記のような節約の徹底がなされており、役員は全員が無給でクラブの運営に当たっています。降格しても経営危機には全く直面しない健全経営で運営されており、その格となる「人を大事にする」ため、1部リーグ昇格後も3部リーグ時代の主力が同時に9人立つ事も珍しくない程でした。
「谷底の町」と言われるエイバルは、町の中にエスカレーターが至る所に設置されており、筆者の友人のスペイン人女性も現地観戦したのですが、「スタジアムに行くまでにエスカレーターと階段でかなり登らないといけない」ようです。(写真の通り)
そんなエイバルの経営方針が実ったのは1部初昇格ながらも、リーグ最終節を終えて18位で終えてしまった時でした。通常なら2部リーグへ降格する順位でしたが、同じ1部リーグで13位だったエルチェが税金未払いや選手への給与未払いまであるとして強制降格処分となり、同18位のエイバルが1部リーグに残留する事になったのです。エルチェとは対照的に「超」健全経営でやって来た事が報われたのです。
by つれさか
乾選手はそんなエイバルが「クラブ史上最高額」となる約7000万円の移籍金で獲得した選手です。「契約したらしっかりと仕事はしてもらう」が口癖の節約クラブですから、当然ながら”飼い殺し”はありませんでした。
エイバルは昨季までのカウンターサッカーではなく、今季は「ボールを奪いに行く」攻撃的な守備を導入したホセ・ルイス・メンティリバル新監督の下、アグレッシヴなサッカーを披露した上で序盤戦は首位も経験。全く降格を気にせずに14位で1部残留に成功しました。
乾選手も主に<4-4-2>システムの左サイドMFで27試合(先発18)に出場して3ゴール3アシストを記録。これまで日本人選手が誰も活躍したとは言えないスペインの地で存在感を示しています。それも今まで守備面で課題があった乾選手は、勤勉なバスク州のクラブで献身的なプレーまで体得しているのですから、そろそろ日本代表へ招集していただきたいところです。
今や乾選手が日本代表に招集されないのは「七不思議」ですね。