テレビでサッカー中継や解説者の討論コーナーなどを観ていると、「ビルドアップが~」という表現が頻繁に使われます。ビルドアップについての解説は、サッカー観戦歴が浅かったり、競技経験がない方々には難しい表現だと思います。
ただ、ビルドアップを理解する事は、サッカーの歴史や戦術を理解する事に繋がると言えます。
なぜビルドアップ能力が必要なのか?
by サッカー選手の誕生日
サッカーの世界では、「引いた相手を崩す」という万国共通の課題があります。何も得点力不足と批判を受ける日本代表が特別に深刻であるわけでもありません。
いくらサッカーというスポーツが得点を奪い合う「点取りゲーム」とは言え、そのプレーの多くはパスが主体になります。試合中にハーフウェイラインからシュートを頻繁に決めたり、ドリブルで11人抜きを何度も披露する選手がいれば話は別ですが、そんなプレーはありえないスポーツです。相手チーム全体が自陣に引いてスペースや時間を消されるような場合があるからです。
サッカーは「パスゲーム」です。そして、「ビルドアップ」とは直訳すると「建設」。つまり、パスワークが始まる前の段階の部分を指します。具体的なプレーでいえば、DFが攻撃を組み立てる選手(主にボランチ)にパスを供給したり、相手選手が少ない側へパスを展開して攻撃の方向性を示したり、といった部分になります。
ただ、コレがサッカーの組織性や戦術的進歩によって、より狭いスペースで試合が展開されるようになった事で変化が起こりました。シンプルに言えば、攻撃を組み立てる選手がトップ下→ボランチ→DFへと徐々にポジションを下げて来たのです。
現代サッカーではボールを保持して引いた相手を崩すポゼッションサッカーであろうとも、中盤でボールを奪い合うようなプレッシングを重視したスタイルであろうとも、自陣に引いて相手を待つ守備重視のチームであっても、過去のサッカーよりもボールを丁寧に扱うことが重要視されます。
最近はよく「足元の技術が足りない、展開が淡白」という選手批評がDFの選手について向けられています。
なぜDFにビルドアップの精度や足元の技術が必要となったのか?それを定義する上で、システムや戦術の時代の流れと合わせて考察します。そこにはサッカーの歴史的背景があるからです。
サイドバックの攻撃参加が一般的になった背景→2トップ全盛時代にスペースがあったポジション
まず、なぜサイドバック(以下SB)を含むDFラインからボールを繋ぐ技術が必要になったか?という問いについては上記の通り、サッカーという競技が常に研究されて進化したがゆえであると言えます。
より最終ラインから最前線までの距離がコンパクトになった事で、MFにプレー選択を考える時間やスペースがなくなってきた事が最大の理由です。一般的に得点を狙うにはサイド攻撃が有効とされ、最前線の両サイドのスペースが空くので、そのスペースを利用して中央へクロスボールを供給する事が主流です。コレをシステムのトレンドによる流れで考えてみましょう。
SBの攻撃参加が主流になる以前、多くのチームは<4-3-3>のシステムを採用しており、最前線の両サイドには「サイド攻撃専任のウイング」が配置されていました。そのため、SBの攻撃参加できるスペースがなかった事と、サイドの攻防に置いてのウイング対サイドバックは個人での仕掛け合いを重視していたため、SBも安易に攻撃参加できませんでした。
それが1990年代に2トップが主流になる時代に入る事でサイドにスペースが生まれ、SBの攻撃参加が戦術として使われ、今ではそれが一般化されました。
ゾーンプレスという新戦術を完成させたアリゴ・サッキ監督by DATA OF SOCCER
<4-4-2>のシステムが主流となったのは、1980年代の終わりに登場した”グランデ・ミラン”の存在によります。UEFAチャンピオンズカップ(現・チャンピオンズリーグ)で最後の連覇(1988-1989,1989-1990)を成し遂げるイタリアのACミランでは、当時アリゴ・サッキ監督(上記写真)が「ゾーンプレス」という新戦術を完成させていました。それまでは相手に1人ずつマークをつける守備戦術が一般的でしたが、ゾーンプレスは各選手が「人」ではなく「スペース」をマークした上で最終ラインを押し上げる事が特徴です。よりコンパクトなサッカーが浸透したのもゾーンプレスが主流になったからです。
その上で相手が2トップになった事で、CBが2トップをマークする事を第1に考えると、カヴァーリング要因となるリベロを置いた3バックの導入もなされました。特に90年代のドイツでは<3-5-2>のチームが多かったのはそのため。ただ、ドイツのサッカーが近代化を迎えるのは2000年を過ぎてからになりましたが、ローター・マテウス選手やマティアス・ザマー選手のような攻撃センスのあるリベロがゲームメイクを担当するドイツ独自の流れが出来ていました。
攻撃視点で考えた場合、4バックを選択するチームの場合はボールを持った時はCBが相手の2トップとマッチアップします。これにより、プレスがかかりにくいポジションというのがSBのみ、という配置上の理由で、SBにゲームメイクをする能力が求められるようになりました。日本代表の内田篤人選手やバイエルン・ミュンヘンのフィリップ・ラーム選手のようなゲームメイクに強い影響力を持つSBが自然発生的に生まれた流れです。
1トップが主流になった現在→CBにはゲームメイク能力まで要求
現代型CBのモデルと言えるラファエル・マルケス選手by 画像とデータで見るワールドサッカー
時代はさらに進み、日本代表も採用している<4-2-3-1>や<4-1-4-1>という再び両サイドにウイングを置く時代がやってきました。これはコンパクトなDFラインに対して両サイドから相手最終ラインを見ながらスペースに走りこむ事で、オフサイドになりにくくする事やが1つ。また、どのチームも最前線と最終ラインが縦にコンパクトになったぶん「横」を広く使う事でスペースを生もうとした結果だと思われます。
ただし、サイドに人を置く事によって、中央のFWが1人しかいない配置になるのが現代サッカーです。これに連動して起きたのが、CBへのビルドアップ要求です。
なぜなら、両サイドに攻撃的な選手を配置する事で、SBには常に対面する選手ができてしまったからです。代わりに1トップと対面するCBコンビには中央で1人少なくなったぶん、攻撃の組み立てを行う時間的余裕という名のスペースが出来たからです。
「現代型CB」のモデルと言えるメキシコ代表のラファエル・マルケス選手(上記写真)は、スペインのバルセロナ所属時代に若手だった現スペイン代表DFジェラール・ピケ選手に強い影響を与えて成長を促しました。
そして、そのマルケス選手やピケ選手にハーフウェイラインまではボールを持ち運ぶことを要求したジョゼップ・グアルディオラ監督時代(今季バイエルン・ミュンヘン→来季マンチェスター・シティ監督)のバルセロナはその象徴でした。CB同士の試合中の選手交代が頻繁に行われ、試合後の会見でその交代理由を聞かれた監督が、「攻撃の流れが悪かったからCBを交代した」と平気で語っていました。それに適したマルケスやピケといったDFだけでなく、ヤヤ・トゥレ選手(現・マンチェスター・シティ)や、ハビエル・マスチェラーノ選手、セルヒオ・ブスケス選手という本職MFの選手がCBで起用されていたのは、ビルドアップ以上となるゲームメイク能力を求めていたからでしょう。
攻撃の流れを変えるために、CB同士の選手交代をする時代になったのです。
最後までご閲覧いただいた読者の皆様、ありがとうございます。皆様のサッカー観戦に少しでも役立ていただければ幸いです。
【まとめ:DFのビルドアップ能力の必要性】
①「サイド攻撃専任ウイング」が消えたので、SBの前にスペースが生まれた
②DFにゲームメイクへの関わりを求めるようになったのはSBからで、2トップ全盛の時代はSBにゲームメイク能力が出来る選手が現れた。(例)内田、ラーム
③現在は1トップを主流。CBの1人がスペースを得たため、CBにゲームを組み立てる能力を要求される時代になった。