ワールドカップ(以下、W杯)ロシア大会は、32チームによって争われたグループリーグが終わり、6月30日から16チームによる決勝トーナメントに突入した。そんな今大会で議論を巻き起こしているのが、初導入されたVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)だ。
Missing football today? ⚽️
Well, for the die-hards among you, Pierluigi Collina, Massimo Busacca and Roberto Rosetti discussed refereeing and VAR at the #WorldCup so far.
You're almost certain to learn something!👇https://t.co/iZwFVgoiaK pic.twitter.com/HLVJuDz1bC
— FIFA World Cup 🏆 (@FIFAWorldCup) 2018年6月29日
映像検証でミスジャッジを抑制 日本代表も恩恵受けた?
今大会では、2017年開催のコンフェデレーションズカップやクラブW杯などで試験的に導入されたVARを本格導入した。グループリーグにおいて、試合結果に大きな影響を与えている。そんなVARのメリットはずばりこれ。
ミスジャッジの抑制。
これまでのサッカーの試合では、ピッチ上の審判たちが“自分たちの視界内で見えたプレイ内容をもとに”ジャッジを下してきた。しかしVARを通じたビデオ判定によって、審判のジャッジがいとも簡単に覆る。
以下、FIFA公式によるグループリーグ48試合における発表から、VARに関する主だったデータを抜粋した。
PK:24回(VARによって7回)
VARでチェックされたプレイ:335回(1試合平均6.9回)
VARに基づく映像検証:17回
VARに基づく映像検証でジャッジ変更:14回
VARに基づく映像検証で認められたジャッジ:3回
ジャッジの正確性:VAR無しのジャッジによる95%から、VAR導入によって99.3%になった。(2018年6月28日発表のFIFA公式記事 ”RELIVE: Referee media briefing held after group stage”より抜粋)
Your Group H qualifiers, and their phone wallpapers! #COL #JPN #WorldCup pic.twitter.com/9z75QZRoGD
— FIFA World Cup 🏆 (@FIFAWorldCup) 2018年6月28日
日本代表にとって運命の決戦となったポーランド戦の裏で行われていたコロンビア対セネガルでは、セネガルのFWサディオ・マネが前半16分にペナルティエリア内で倒され、一度はPKを与えられるもVARで判定を取り消された。もしこのジャッジがPKだと認められていれば、日本代表は違った運命をたどっていたかもしれない。まさに、VARさまさまの薄氷のグループリーグ突破である。
南米チームのお家芸「マリーシア」にもメス入れ
VARはPKや得点、一発退場などを判定するような重要な場面での使用に限られている。それでも、南米や欧米諸国が用いるピッチ内での駆け引き「マリーシア」(※ポルトガル語で「ずる賢さ」の意)の一種と見られる、審判の死角やジャッジの特徴を突いたアクションは、VAR導入で時間をかけて様々な角度から吟味されることになった。
今大会で印象的だったVAR判定の一つがコスタリカ対ブラジル戦。ブラジルの10番ネイマールが、コスタリカのDFジャンカルロ・ゴンサレスに倒れた場面で、一度はPKの判定が下される。しかし映像検証の末、ネイマールのリアクションはPKを狙いにいったシミュレーション行為とみなされ、判定があっさり覆された。
審判はだませても、最新技術はだませない。VARのシステムはマリーシアにメスを入れた格好だ。
今後VARがあらゆる大会で本格導入されるならば、シミュレーション行為やマリーシアの考え方は変化を求められるだろう。
主審の責任を軽減 サッカー大国やスター選手への“忖度ジャッジ”減少か
重大な局面において、ほぼ孤独な状態でジャッジしてきた主審の責任を減らす。筆者としては、VARはこれが一番ミソだと思っている。
審判も人間だ。ファンの熱狂的な声援が鳴り響き、選手たちによる緊迫したゲームが展開される試合の雰囲気に飲まれてしまうこともあるだろう。世界中が注目する大一番ともなれば、選手はもちろんのこと、試合を裁く主審が受けるプレッシャーは計り知れないものだろう。ましてや、ディエゴ・マラドーナがメキシコW杯で決めた“神の手ゴール”のような世紀の局面は、ややもすればスター選手、サッカー大国に敗北を与える決定打になるかもしれない。裁く者にとって、胃がキリキリ痛くなる決断だろう。
だがVARによって、ピッチ上の主審は映像室の審判たちのアドバイスを無線で受け、試合を一時ストップして映像を見直すことができる。一度下したジャッジも変えられる。今大会のグループリーグで14回もジャッジが変更された点から見ても、主審の目は完璧になりえないことを証明している。映像検証による公平なジャッジと主審の責任軽減は、100%完璧とは言いきれないが、サッカー大国やスター選手への“忖度ジャッジ”減少を期待できるかもしれない。
とはいえ課題もある。試合の流れを壊さないためか、シュートブロックによる故意ではないハンドなどを、主審の判断で流すシーンが見受けられる。逆に「試合の流れが止まる」という批判もある。VARを使う頻度や傾向が主審(あるいは我々の目に見えない映像室の審判たち)によって異なる点は、改善の余地がありそうだ。
ロシアW杯で議論を呼んでいるVAR。公平な裁きに貢献できれば、今大会の一部で見られるような番狂わせ、つまりジャイアントキリングが増加するかもしれない。そうした意味で、VARがもたらすジャッジの正確性などポジティブな面に注目したい。