レスターの奇跡のリーグ優勝に貢献した岡崎。今季は送り込まれた「刺客」の前で出番を失っているが、その実情とは?by Football ZONE WEB
2014年のFIFAブラジルW杯での惨敗を機に下降モードに入ったかのような日本サッカー界。直近では、2018ロシアW杯アジア最終予選の初戦でもUAEを相手にホームで敗戦を喫してしまいました。最新のFIFAランクでも56位となり、これはアジアの枠で見ても6番目に過ぎない位置になっています。
そして、欧州を舞台とする各国リーグでプレーする「海外組」日本人選手もまた、各クラブで苦境に陥っています。
しかしその状況は、毎年「刺客」が加入するビッグクラブに所属している選手もいれば、怪我でポジション争いに敗れた選手、切磋琢磨しながら激しい競争をしている選手、本意ではなく本職とは違うポジションをこなしている選手など、個々によって異なっています。
ここでは、そんな「海外組」日本代表選手がポジション争いをする「刺客」をターゲットにし、乗り越えるべき壁にフォーカスした連載を綴っていきます。
第1回は、イングランドのレスター・シティでプレーするFW岡崎慎司選手です。
奇跡のプレミアリーグ優勝の立役者=岡崎でも・・・
日本代表戦士と「刺客」の比較:岡崎VSスリマ二
昨季のイングランド・プレミアリーグで奇跡のリーグ優勝を遂げた地方クラブ=レスター。岡崎選手は、その「ミラクル・レスター」の一員としてリーグ戦28試合に先発出場し、定位置を掴んでいました。自身の得点は5ゴールに止まりながらも、そのハードワークぶりはチームを象徴する姿として高く評価されていました。
しかし、今季は欧州最高峰の舞台であるUEFAチャンピオンズリーグに出場する事もあり、今季のレスターは新たな実力派FWを2人獲得して戦っています。
そして、岡崎選手はここへ来てベンチ外になった試合も含めて、試合に出られない日々が続いています。
ハリルのサッカーを体現したスリマ二
ブラジルW杯で2得点を挙げたスリマ二。圧倒的な個の能力を披露し、ベスト16へ進出したアルジェリアをエースとして牽引した。by Sky Sports
そんな岡崎選手からポジションを奪ったのは、ポルトガルの名門=スポルティング・リスボンから約40億円というクラブ史上最高額の移籍金で獲得したFWイスラム・スリマ二選手。昨季のポルトガル1部リーグで33試合に出場して27得点を記録し、見事に得点王に輝いたアルジェリア代表選手です。
そして、日本人のサッカーファンとしてスリマ二選手を知っておきたいのは、彼が現日本代表の指揮官であるヴァヒッド・ハリルホジッチ監督の申し子であること。
現日本代表監督が指揮していたアルジェリアは、日本が未勝利の惨敗で終わったブラジルW杯でベスト16へ進出。準々決勝でも優勝したドイツと延長戦までもつれる大熱戦を演じました。そのアルジェリアをエースとして牽引していたのが、このスリマ二選手です。
特に第2戦で韓国とのグループリーグ突破を分けた大一番。膠着状態だった26分、スリマ二選手は後方からのロングボールに反応。韓国のDF2人に挟まれながらも強引に抜け出し、貴重な先制点を挙げました。(下記動画参照)
ロングボールに抜け出して先制点を挙げたスリマ二。
スリマ二選手はこの得点に代表されるように、そのパワーやスピードで「組織」をたった1人で突破できる圧倒的な個の能力を有しています。ブラジルW杯では2得点に止まりましたが、得点以外にも何度も空中戦で競り勝って制空権を確保したり、スペースへの抜け出しで前線で起点を作り続けていました。
「距離感が悪くて孤立しがち」なのは現在の日本代表ですが、このブラジルW杯でのアルジェリアもそうでした。しかし、このスリマ二選手の存在が全てを可能にしていました。
ハリルホジッチ監督は日本代表でも、「縦への速い攻撃」や「デュエル(1対1の競り合い)の強さ」といったコンセプトを掲げていますが、アルジェリアでのスリマ二選手はそれを象徴するような存在だったのです。
ブラジルW杯でハリルホジッチ監督(右)の指示を受けるスリマ二。この現日本代表指揮官の愛弟子こそが、岡崎のライバル。by Zimbio
多彩なFW陣を揃えたレスター
2トップとして完璧な補完性を示すヴァーディー&岡崎。レスターはタイプが異なった有力FWを5人揃える補強上手なクラブだ。by SOCCER DIGEST Web
そんなスリマ二選手にポジションを奪われた岡崎選手。リーグ優勝に貢献したにも関わらず、やや理不尽な扱いのようにも感じられます。
しかし、FWは相手から対策をとられるため、たとえ完璧な2トップがいたとしても「変化」をつけるために、毎年1人は新たなFWを獲得するのはどのような規模のクラブでも一般的な事。
その上で現在のレスターには、爆発的なスピードを武器とする自分の形をチームの武器へと昇華しきったエースのイングランド代表FWジェイミー・ヴァーディー選手を筆頭に、岡崎選手とスリマ二選手。パワープレイ要員として高さと強さを誇り、昨季は途中出場をメインにしながら6得点を挙げたアルゼンチン人FWレオナルド・ウジョア選手、サイド起用も可能なスピード系のドリブラーである新加入のナイジェリア代表FWアーメド・ムサ選手と、全くタイプが異なる5人の有能なストライカーを揃えています。
日本では「誰が出ても同じサッカー」をする事が評価されるようですが、それは綺麗ごとに過ぎません。「誰が出てもチーム力が落ちない」ようにするため、選手個々のプレースタイルや個性により攻撃戦術を微修正する。それを可能にしたクラウディオ・ラニエリ監督とレスターのフロント陣によるチーム編成は、岡崎選手のポジション争いとは別に、もっと高く評価されて良い部分です。
「得点が少ないFW」でも「多くの勝点を獲れるFW」
今年3月のシリア戦で岡崎の代表100試合目を祝うハリルホジッチ監督(右)。by SOCCER DIGEST Web
ただ、岡崎選手にとって厳しい状況なのは確か。それでも自身の持ち味を消してでも得点を奪う事を優先する必要はないはず。
ラニエリ監督は岡崎選手が年間5得点に止まっている「得点が少ないFW」だと認識しているのも確かですが、同時に岡崎選手を得点は獲れなくても「勝点を獲れるFW」として高く評価しているからこそ、実績では上回るウジョア選手よりも優先起用して来た監督です。
最前線からの激しいプレッシングはもちろん、中盤にプレスバックで戻ってきては、MFのダニー・ドリンクウォーター選手と顔や目線を合わせて合図を送ったり、「守備のアイコンタクト」をとる姿勢はチームメートからも多くの信頼を勝ち取っています。
いくらスリマ二選手がプレッシングでも評価されているとはいえ、プレスバックや中盤と前線をリンクさせる役割などは岡崎選手の専売特許となっています。
また、ヴァーディー選手やアルジェリア代表MFリヤド・マフレズ選手、今季はチェルシーに移籍したフランス代表MFエンゴロ・カンテ選手の3選手は共に本能的にプレーするタイプで、それぞれセントラルMF・サイドMF・FWの相棒となるドリンクウォーター選手やマーク・オルブライトン選手、岡崎選手のような「頭脳」を持った選手がいてこその「補完性」で究極のバランスを生み出していました。
つまり岡崎選手には無理に得点を意識して本能的にプレーするよりも、チーム編成やチームメートとの連携も含めて、昨季示したようなプレーを継続する事が求められています。
その上でチーム加入2年目となり、プレミアリーグへの慣れや連携の深まりをプラスアルファとして、昨季はなかったその余力を得点に注力する。それが監督の信頼を掴む方法であり、成長や進化になるはず。
強力な「刺客」を送り込まれて高次元の競争をしている岡崎選手は、海外組の鏡です。その成長と経験を日本代表にも還元してもらう事で、今度は岡崎選手がハリルホジッチ監督の下でも申し子になるのでしょう。