J2を主戦場におき18シーズン目を迎えた水戸ホーリーホック。J2在籍最長記録を更新し続ける盟主は、牛歩の如く、ゆったりと力強い歩みを進めている。「我々は予算規模が少なく発展途上のチームで、ずっとJ2にいる。」こう語る、水戸ホーリーホック沼田邦郎社長の言葉どおり、近年の戦績は、常時中位を彷徨い、お世辞にもJ1昇格への道は近いとは言い難い。
このような状況下にもかかわらず、ここ数年間で着実に観客動員数を伸ばし続けている実績があることをご存知だろうか。2005年から2009年まで5年連続で観客動員数リーグ最下位を記録するなど長きに渡り集客に苦戦していた水戸ホーリーホックだが、近年は、派手さはないものの、コツコツと着実に動員を伸ばし、昨季にあたる2016シーズンは、1試合平均5365人の観客動員数を記録した。
この背景にあるのが、2013年より実施された、Jリーグクラブライセンス制度であり、それに伴うクラブ努力に他ならない。3期連続赤字計上していないこと、および債務超過でないことなど、健全な経営を推し進めるクラブライセンスは、クラブにとって大きなハードルとして立ちはだかり、死活問題にも発展しかねない。Jクラブにとって一定の観客動員を確保は存続条件としてクリアしなくてはならない命題なのだ。
今回のインタビューでは、起死回生に導いた水戸ホーリーホックのクラブ努力に焦点を絞ってお届けする。その中でも特筆すべきコラボ企画、人気アニメ『ガールズ&パンツァーとのコラボレーション』を通じて沼田社長が思い描く理想のクラブ像に迫りたい。
『ガールズ&パンツァー』とは、2012年10月から12月までと、2013年3月に放送された人気アニメ。略称「ガルパン」学園艦と呼ばれる船の上に学校があり、「乙女のたしなみ」として華道や茶道などとともに「戦車道」があり、学校対抗の全国大会が行われている世界。自分の道を見失って強豪校を去ることになった主人公の西住 みほが、実績のない無名校を率いて全国優勝を目指しながら、自分の戦車道と向き合っていくストーリー。茨城県大洗町が舞台となり、アニメ上に実際の風景を忠実に再現されていることから、聖地巡礼と称して大洗町を訪れる熱心なファンがあとを絶たない。(ウィキペディアより引用)
共通のストーリーがコラボレーション生む
——まずは、水戸ホーリーホックとガールズ&パンツァーのコラボ企画がスタートした経緯についてお聞かせください。
(沼田)そもそも『ガールズ&パンツァー』が大洗町で流行りだしていて、我々が何かかかわれることはないか、何か絡めることはないかと模索していました。株式会社Oaraiクリエイティブマネジメント代表取締役の常盤良彦さんに相談して、ガルパンとホーリーホックの共通のストーリーを導き出しました。「我々は予算規模が少なく発展途上のチームで、ずっとJ2にいる。いつか強くなりたい。」この想いは、ガルパンの物語、大洗女子が弱小で、寄せ集めのチームの中で、優勝に導いていくというストーリーと合致しているよねと。
そんな中、ガールズ&パンツァーのファンでありサポーターでもある方が、当時水戸に所属していた尾本選手の背番号4のユニフォームを着たガルパンの主人公『西住 みほ』のフィギュアを作って持ってきてくれたんです。それが歴史のスタートでした。
——それは願ったり叶ったりでしたね。
(沼田)それをきっかけに、尾本選手がそのフィギュアを持って、水戸ホーリーホックとガールズ&パンツァーがはじめて合体したという記事が2013年に茨城新聞に掲載されました。
——アニメをサッカーと合体させる違和感について、各方面から色んな声が聞こえてきたと思いますが、どのようにクリアしていったのでしょうか。
(沼田)違和感は特にありませんでした。大きな目的としては、大洗町を水戸ホーリーホックとして盛り上げること。大洗町は2011年の震災の影響をかなり受けていたこともあって、我々も復興の手助けとして大洗町に何かしたいということで、物資を届けたりサッカー教室を開催したり、色んなことで助け合いましょうとやらせてもらっている中で、たまたま、ガルパンの舞台が大洗町だったということです。色んなことを言う人はいませんでしたね。
——ガールズ&パンツァーはいつから始まったアニメなのでしょうか。
(沼田)2012年の年末です。深夜に放映されて、そこで物語の舞台になっている大洗町が注目されて、熱心なファンの方々が、聖地巡礼と銘打って、実際に大洗に足を運ぶようになってきたわけです。つい先日も、アニメに登場するひとりのキャラクターの誕生日でしたが、平日の昼間にもかかわらず大洗町の一つのイベントに700人が集まりました。
成功の裏側に多方面からの絶大なる協力体制があった
——先ほど、大洗の街並みを散策してきました。巡礼者も多く見かけましたが、商店街の協力姿勢に驚きました。店舗ごとに応援しているキャラクターが違うのですね。その後、ガルパンとのコラボはどのように企画され、どういった効果に結びついていったのでしょうか。
(沼田)2013年11月10日がスタートですね。まずは「大洗町の日」に、大洗町在住の方、あるいは在学の方をスタジアムに無料招待したのですが、それに加えて、『大洗女子学園』というアニメ上の架空の学校ですが、ファンの方々は皆、この学校の生徒手帳や校章を持っていますので、その方々も対象として招待しました。
——大々的なイベントですね。
(沼田)そうですね。茨城交通さんがバスにアニメ画をラッピングするなどして協力してくださり、全キャラクターの等身大パネルを設置しました。これは非常に珍しいことでもあって、とにかく、まずはガルパンを知ってもらうこと、そしてガルパンとホーリーホックがコラボしたことを大々的に知らせることを目的にしました。
——集客効果はいかがでしたか。
(沼田)通常の『大洗町の日』のイベントの2倍近くの人を集めることに成功しました。昨年、平均観客動員数は5000人を突破しましたが、2013年当時は、平均3000人ほどでしたので、こういった一つ一つのイベントによる効果を高めることが底上げになっているという実感はありますね。
2014年には、正式にガールズ&パンツァーとスポンサー契約を締結して、主人公の西住みほが所属する「あんこうチーム」の標章であるあんこうマークが背中に、大洗女子学園のロゴマークが肩に入ったコラボレプリカユニフォームを作らせていただきました。2015年にはトップチームのユニフォーム(パンツ裾)にあんこうマークが入り、ユニフォームスポンサーとしてリーグ戦を共に戦いました。あんこうマークは今シーズンのユニフォーム(パンツ裾)にも入っており、スポンサー契約を継続していただいています。
——昨年、ケーズデンキスタジアム水戸に観戦に訪れた時に、このコラボレプリカユニフォームの存在は知っていましたが、まさか、これほどまでに沢山の方々がこのユニフォームを着用していたなんて、驚愕でしたね。
(沼田)このコラボレプリカユニフォームの効果は大きいですね。バンダイビジュアルさんからの熱望と、記者会見を開いて発表したいというこちらからの要望が相成って企画は進んでいきました。この記者会見の様子は動画配信しました。バンダイビジュアルさんの積極的な姿勢によって、多くのガルパンファンに認知されることとなりました。
そして何よりも素晴らしいのが、バンダイビジュアルのガルパンを担当している廣岡祐次さんの存在ですね。この方が、ものすごくサッカーが好きで、このコラボを通して、水戸ホーリーホックのサポーターエリアで、人一倍声を出して応援するくらいの熱狂的なサポーターになってくれました。廣岡さんが、双方の架け橋となって、お互いの熱量を引き出してくれているといったイメージですね。
——廣岡さんの熱意は、これ以上ない説得力ですね。
(沼田)はい。かなり。サポーターが協力的であるのも廣岡さんのおかげだと思いますし、アニメに興味のなかった、元々のサポーターの多くの人が、このあんこうマークのコラボレプリカユニフォームを着てくれています。これは認められている証拠だと思いますね。
——ガルパンとのコラボは5年目を迎えましたが、ムーブメントはいずれ衰退してしまうものですし、昨年末にガルパンの方から『最終章』という告知がされていました。ホーリーホックとしては、今後の展開をどのようにお考えでしょうか。
(沼田)ガルパンとのコラボをスタートの時から、やはり地元の方々にガルパンのことをもっと知ってもらいたいという想いもあり、衰退させたくないという強い気持ちを持っています。こんな事を言ってしまうと怒られそうですが、我々もガルパンを育てていきたいという想いもあります。『最終章』の発表があったのは昨年で、今年の12月から始まります。そこから全6話で展開しますので、まだまだ続きますが、一応最終章とありますのでいつかは終わってしまうかもしれないですが、引き続き応援していきたいですね。
まずは自らが楽しむ姿勢が大切
——2015年、『アニ×サカ!!』と題してアニメとサッカーのコラボレーションをしているチーム同士のイベントが行われました。その時の様子を聞かせてください。
(沼田)FC岐阜は『のうりん』東京ヴェルディは『甘城ブリリアントパーク』そして、水戸ホーリーホックは『ガールズ&パンツァー』対決と銘打ってますが、一緒になって地域を盛り上げていこうというイベントです。企画発表も大々的に配信しました。
——2013年から、わずか3年で劇的に進化していますね。
(沼田)廣岡さんの影響が大きいですね。あと、大洗町の方たちが頑張ってガルパンとのコラボ協力してくれることで、どんどん企画がハマっていく。我々の力だけでは成し得なかったと思いますね。
それにスタジアム内で、車体にアニメが描かれた、いわゆる“痛車”のレーシングカーを走らせる企画もやりましたね。これはヤバかった。(笑)もう二度と出来ない企画です。たまたま改修工事をする前だから実現した企画でしたね。本当はドリフトをしたかったのですが、さすがにそれは無理とスタジアム側に言われ、バックストレートを高速で走らせました。この年からオーロラビジョンにアニメのシーンを映し出したり、スタジアムDJに声優さんを招いてガルパンにちなんだ選手紹介をしたり、ピッチ内に戦車を置いてそこから試合観戦していただく「エキサイティング戦車シート」を実施しました。
——運営側の皆さん自ら、企画を楽しんでいるようですね。
(沼田)楽しいですね。廣岡さんを中心に楽しんでくれていることが一番かなと思いますね。まずは自分たちが楽しむことが何よりも先決、そして、お互い成長できると良いですね。我々もクラブを成長させたいですし、ガールズ&パンツァーも末長く成長できるような、そして何よりも地域が盛り上げること。我々の活動がアニメとサッカーというコラボの柱となって、新しい歴史を作っていきたい。
——勝利至上主義に偏りがちなJリーグの中で、失礼な言い方かもしれませんが、アニ×サカのようなスタジアムを訪れる全ての人が楽しめるイベントを磨き上げることで、試合の勝敗を越えた価値を創り出しているように感じます。
(沼田)実は、それも我々は目指していて、もちろんJ1は目指しますよ。だけれども、勝敗に左右されない、そこを訪れる全ての人が楽しめて、常にスタジアムが満員であることを目指したい。「なんで勝てねんだよ!」と、ボロクソに言われたりもしますけどね。(笑)満員のスタジアムがあってようやく市民権が得られるのではないでしょうか。
——それにしてもアニメの力はハンパないですね。
(沼田)はい。一万何千人の大洗の町に、お祭り(あんこう祭)の日の13万人が集まる。それに大砲を積んだ車がズラリと並んでいて、もうパニックですよ。(笑)
——本日はお忙しい中ありがとうございました。
今回のインタビュアー勝村大輔氏のサイトでインタビュー後記を掲載しておりますので、そちらもご閲覧くださいませ。