なでしこMF杉田亜未擁する伊賀FCくノ一~試行錯誤を経て生み出した”アグレッシヴ”なサッカーでリーグ再開に挑む!
野田監督就任から大幅なスタイル転換を経てリーグ再開を迎える伊賀FC。MF杉田(17番)はリーグカップの最終戦でハットトリックを達成し、代表にも復帰。by 伊賀フットボールクラブ くノ一
夏の期間を利用して開催された女子サッカーのプレナスなでしこリーグカップ。決勝は現在のなでしこジャパンの先発メンバーに半数近くを送り込む日テレ・ベレーザが、ジェフユナイテッド千葉レディースを相手に4-0と圧勝。今季最初のタイトルを手にしました。
そして、今週末の9月10日から約3カ月半ぶりにプレナスなでしこリーグが再開されます。中断前の段階で全18試合中の11試合を消化していた、なでしこリーグは残り7試合。コチラでも日テレ・ベレーザが2位のAC長野パルセイロ・レディースに勝点4差をつけて首位を快走しています。
そんな皇后杯も含めた3冠に挑む女王とは別に、この再開後のなでしこリーグで注目に値するチームがあります。
それは、5月の監督交代を機に大きな変化があり、新たなチームとして生まれ変わった伊賀フットボールクラブくノ一。(以下、伊賀FC)
以前にも当コラムでその中心選手であるMF杉田亜未選手の記事を執筆しましたが、彼女を軸とする伊賀FCがビギナーズ・ラックと試行錯誤の時を経て、シーズン当初の目標である年間3位を目指して後半戦に挑みます。
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野田監督の就任で堅守速攻から脱皮
U20代表としての活躍も期待される長身の左SB畑中。野田監督の就任後は外側だけなく、内側へのダイナミックな攻撃参加も見せ始めた期待の若手だ。by 伊賀フットボールクラブ くノ一
1976年に現在も拠点を置く三重県上野市(現・伊賀市)で「伊賀上野くノ一サッカークラブ」として創設され、精肉メーカーがスポンサーとなった「プリマハムFCくノ一」の時代(1988~1999年)を経て、現在の「伊賀フットボールクラブくノ一」となったのは2000年。
前身のプリマハム時代は当時の「Lリーグ」で2度の優勝を飾った強豪でしたが、経営不振でLリーグ自体が破綻。2006年に再編された「なでしこリーグ」に参戦後は2部リーグへの降格も経験するなど、伊賀FCは現在の女子サッカー界では強豪ではありません。現在はなでしこリーグでも1部残留を争う位置が定位置化していたため、近年はほとんどの試合で相手が格上と想定しているかのように、最終ラインを下げて守備を重視して戦うのが常態化していました。
ただ、数年間同じメンバーで固定して戦えていた事や、中盤に技術力でも高い選手が揃って来た事もあり、今季のチーム編成に手応えを感じていたクラブは、今季の目標を「リーグ3位」に設定しました。
しかし、今季のチームは開幕から低迷。成績以上にその守備的なスタイルの重心の重さが問題で、5月に行われたリーグ第8節で敗れた時点で2015年から指揮を執っていた金鐘達監督を解任。林一章コーチが1試合を代行して指揮した後、新監督として招かれたのが現在の野田朱美監督でした。
現役時代は読売ベレーザ(現・日テレ)に所属し、高い技術力を活かした華やかなプレースタイルで得点を量産して来た野田監督は、代表でも活躍。そんな野田監督は、男子のヴェルディも含めた「読売スタイル」とも称された主導権を握って戦う攻撃的なポゼッションサッカーを伊賀FCにも導入。
ここ数年は守備の約束事や忍耐力を問われるサッカーをして来た選手達にはそれが大きくプラスに転じ、就任初戦で代表選手が揃う強豪INAC神戸レオネッサにアウェイながら1-2と逆転勝利するなど、野田監督が就任してから公式戦3連勝を記録しました。
“ビギナーズ・ラック”からの悪夢の6連敗
野田監督就任前後の伊賀FCの成績
何よりも野田監督の就任前はリーグ戦9試合で4得点しか挙げられていなかった攻撃面が、一気に2試合で5得点を記録するなど、そのポジティヴな変化は明らかに見えていました。
特にINAC神戸戦で逆転の決勝点を挙げたMF杉田選手はそれまで今季無得点ながら2試合連続で得点を決め、そのまま代表にも約半年ぶりに復帰しました。
ただ、監督交代を機にスタイル変更までスムーズに成功して結果が出るほど、女子サッカーの第一線は甘くはありませんでした。
5月末で中断期間に入ったリーグに替わって、6月から始まったリーグカップでは初戦でINACにまたも勝利したものの、そこから悪魔の6連敗を喫して早々と予選リーグ敗退。野田監督就任後の好成績は、監督交代によるカンフル剤的な要素や、所謂”ビギナーズ・ラック”(初めてやったのに上手くいくという意味)のようなモノでした。
確かにスタイル変更により、明らかに試合の主導権を握る試合が増えました。しかし、最終ラインからのパス出しなど低い位置でのビルドアップでミスが散見されたり、相手にロングボール1本で簡単に裏を取られて失点を喫するなど、リーグカップでは「産みの苦しみ」を味わい続けました。
相手にシュートすら打たせずに完全に試合を支配して先制にも成功しながら、上記したようなミスから3失点して逆転負けを喫したリーグカップの予選グループ第4節・コノミヤ・スペランツァ大阪高槻戦はその象徴のような試合でした。
試行錯誤の時を経て、明確になったスタイル~”オフェンシヴ”から”アグレッシヴ”へ
試合直後の青空の下、DF⑬宮迫と個別にコンタクトをとる野田監督。特にスタイル変更で役割が大幅に変化したDF陣とは密に意思疎通を図り、最後は笑顔で解決。
ただ、その高槻戦を始め、試合の主導権を握り続けるために、攻撃時のセカンドボールの収拾や相手のクリアボールからのカウンター阻止をDF陣が前に出て対応して、「ボールを奪い切る」、というトライを続けていました。
中盤の選手は堅守速攻からポゼッションに変更された事で生じる変化はあまりありませんが、DFラインの選手は明らかに大幅に変化しました。ライン設定が高くなり、ゴール前でクロスを跳ね返すよりも、前に出てインターセプトを狙う守備が要求されます。攻撃の第一歩となるパス出しはもちろん、ゲームの組み立てに関与する事も求められます。
そういった改革の中でミスが出るのは当たり前で、失点直結のミスも多くなる中、試合直後に野田監督はDF陣の選手と個別に意見交換をしながら、この「産みの苦しみ」である試合錯誤の時を選手達と共に歩んで来ました。
結果的にリーグカップは予選敗退に終わりましたが、監督交代直後の大会でもあったので、それも想定内。そして、リーグカップの最終戦では、露骨に弱点を突かれて逆転負けを喫した高槻相手に、ホームで完璧な試合運びを見せて4-0と圧勝。
その高槻戦でハットトリックを挙げたMF杉田選手もまた、この試合錯誤の期間でポジションの見極めに苦労した選手。もともとは<4-4-2>の左サイドMFを定位置としながら、ドリブルでの突破力だけでなく、パスセンスや得点力に運動量まで兼ね備えた万能型で、「チーム唯一の代表選手である彼女をもっと活かす術はないか?」
そう考えた中で、野田監督はこれまで最前線に起用していたアメリカ人FWローレン・ボハボーイ選手を右サイドに配置し、杉田選手を限りなくFWに近づけた”フリーマン”とする<4-4-1-1>のような布陣に変更。これで、左サイドでのプレーを得意とする杉田選手から右サイドに回ったローレン選手への勝負パスという攻撃の大きな武器も出来ました。
プレー範囲が広く、攻守に万能なMF杉田の適正ポジションを見極める術も試行錯誤の連続。最終的に2トップの1角のようなフリーマンとして落ち着いた。by 伊賀フットボールクラブ くノ一
これまではフィジカルに長けたローレン選手が最前線に残るため、彼女を目がけたロングボールという単発な攻撃も多かったのですが、この微修正により、ローレン選手の突破力をチームとして使えるようになりました。
また、杉田選手が流れる左サイドからの攻撃に際しては、左サイドバックの畑中美友香選手が外側だけでなく内側へも鋭く切り込む攻撃が頻発。攻撃に「幅」が生まれた事で、バリエーションも豊富になりました。
野田監督のコメントも就任当初から発していた「ポゼッション」や「攻撃サッカー」といった、ややフワフワとした理想論的表現から、「アグレッシヴなサッカー」という実戦的な表現へと変化して来た事もまた、この試合錯誤の時を乗り越えて来た事を実感させてくれます。
野田監督の志向するポゼッションサッカーや攻撃的な意識の導入はもちろん、これまでの伊賀FCが持っていたボール際の強さも合わさった上で、”オフェンシヴ”から”アグレッシヴ”という同じ攻撃サッカーでもはっきりとした色をつけた現在の伊賀FC。
現在リーグ6位の伊賀FCは、9月10日のリーグ再開初戦をアウェイでの岡山湯郷Belle戦で迎えます。同3位のタレント軍団=INAC神戸との勝点差は4ポイント。目標の3位は射程圏内です。残り7試合のリーグを良い形で終えると、皇后杯でも決勝進出が期待できるチームだと思えるだけに、中断明けの伊賀FCに注目です。
7月の代表戦では選外となりながら、9月7日まで行われていた代表候補合宿に復帰したMF杉田選手や、U20代表としての活躍も期待されるDF畑中選手などの若手選手の活躍も楽しみに、彼女達の躍動を是非とも現地で楽しみましょう!
伊賀FC今季残り7試合のリーグ戦スケジュール
第12節/9月10日(土) 16:00 岡山湯郷Belle 岡山県 岡山県津山陸上競技場
第13節/9月19日(月・祝)13:00 日テレ・ベレーザ 岐阜県 長良川球技メドウ
第14節/9月24日(土) 13:00 ベガルタ仙台 レディース 宮城県 仙台市陸上競技場
第15節/10月2日(日) 13:00 AC長野パルセイロ・ レディース 長野県 南長野運動公園総球技場
第16節/10月9日(日) 13:00 浦和レッドダイヤモンズ レディース 三重県 上野運動公園競技場
第17節/10月16日(日) 13:00 アルビレックス新潟 レディース 新潟県 デンカビッグスワンスタジアム
第18節/10月23日(日) 13:00 ジェフユナイテッド市原・千葉レディース 三重県 上野運動公園競技場