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Jリーグと天皇杯は何が違うのかご存じでしたか?日本サッカー界の歴史を知る天皇杯

扇ガ谷 道房

2018/12/31 09:20

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NEWS

日本最大の公式サッカー大会である天皇杯(正式名称:天皇杯JFA全日本サッカー選手権大会)。2018年の今年は大会史上第98回目を数えました、規模だけでなく歴史と伝統を誇る我が国で最も権威のあるサッカー大会です。
  
最大の特徴は、その大会運営方式にあります。プロアマを問わず、我が国にあまたあるサッカー・クラブが参加できるオープントーナメント方式を採用している事から、名実共にその年の我が国サッカー・クラブの頂点を決定する大会だからです。
今年の天皇杯の頂点に立ったのは浦和レッズ。今シーズンのJリーグは5位だったクラブですが、全国のサッカー・クラブが参加する日本最大のトーナメントを制したのです。
  
通常元旦に東京の国立競技場で行われていた天皇杯決勝戦ですが、この4年間はとある理由により各地で行われています。又、第94回大会と今年の第98回大会は、1月に開催されるアジアカップとの関係上元旦ではなく12月に開催されました。
元旦の風物詩でもある天皇杯が行われない元旦を前にして、以外に知られていない天皇杯について、今年の優勝クラブと共にご紹介致します。

サッカー界だけのものではない天皇杯

天皇杯という優勝杯と大会は、サッカー界だけに存在しているとお思いの方が多い様ですが、実はサッカー界だけの賜杯ではありません。様々な競技の優勝者に贈られる賜杯です。
サッカー以外で最も著名なのは大相撲です。優勝者には天皇賜杯として土俵上で授与されている光景をご覧になった方は多いのではないでしょうか。この様にいくつかのスポーツ競技団体に天皇陛下から天皇賜杯として下賜されてされていて、それぞれの競技団体の意向で、その賜杯が授与される大会と運営方法が決められています。
  
日本サッカー協会が下賜されて全国のサッカークラブに参加権を与えて、各都道府県の優勝クラブとプロサッカークラブがトーナメント形式で優勝クラブを決する大会が、サッカーの天皇杯と呼ばれるカップ戦なのです。
  
日本サッカー協会に天皇杯が下賜されたのは1948年のことで、現在の優勝クラブに授与されている天皇賜杯はその時以来70年の歴史を経た伝統を有しています。
  
しかし、現在の天皇杯の原型となる大会の歴史は更に古く、実は1921年に「ア式蹴球全国優勝競技会」として開催されたのが起源になっています。この年から起算して今年の大会が第98回大会として行われたのです。
    

Jリーグの大会と天皇杯は全く別の大会

現在の日本には、Jリーグというプロ・サッカー・リーグがあるので、プロ・サッカー選手とプロ・サッカー・クラブがあることは当たり前の時代ですが、1993年のJリーグ創設前は日本にはアマチュアのサッカー・クラブしか存在していませんでした。
  
それまでは、実業団(社会人)サッカー・クラブで構成されていたアマチュアの日本サッカー・リーグが日本のトップ・リーグであり、日本サッカー・リーグを母体としてプロ化したのがJリーグなのです。
  
Jリーグが存在していなかった1992年以前の日本サッカー界における天皇杯は、ある時期から日本サッカー・リーグ上位クラブと全日本大学選手権の上位クラブのみが出場するクローズドな大会運営でした。
  
現在の様に全国規模で行われる様になったのは1972年のことなのです。ですから今年で98回目になる天皇杯ですが、長い歴史と伝統の中で、現在の大会運営方式になるまで変遷を遂げて来ました。
  
Jリーグが開幕したのは1993年以降、その年のJリーグ優勝クラブが大きくクローズアップされる様になり、プロ・リーグが存在していなかった時代の天皇杯の存在意義とは少しずつ印象が薄れて来た感は否めません。又、Jリーグ開幕以降の天皇杯優勝クラブは、全てJリーグのクラブであることから、天皇杯はJリーグの一つの大会を思われている方もいる様です。ですから改めて整理をしておきますが、天皇杯は日本サッカー協会が主催するプロ・アマを問わず参加が可能な全国規模のオープン・トーナメントです。
  
Jリーグのクラブも参加資格がありますから参加していますが、天皇杯そのものはJリーグの大会ではない事を知っておいて下さい。又、天皇杯とは別にJリーグにも年間のリーグ戦とは別にJリーグ・カップ戦が存在しています。スポンサー企業名を取った大会名称になっており、現在はルヴァンカップとして運営されています。
ですから、我が国のサッカー界には、大きく三つの大会が運営されています。
  

1)Jリーグ (3カテゴリーでそれぞれのクラブがホーム&アウェイで総当たりするプロ・リーグ)
  2)Jリーグ・カップ (通称ルヴァンカップ。Jリーグ1部クラブとJ2の一部のクラブがグループ分けされてホーム&アウェイで当たるプロ・カップ戦)
  3)天皇杯 (本記事でご紹介しているプロ・アマを問わず全国のサッカー・クラブが参加できるオープン・トーナメント)

  これが我が国のサッカー界で三大タイトルと言われている大会です。
  

 

歴代優勝チーム

1921年のア式蹴球全国優勝競技会を起源とする天皇杯は、その第一回を関東、中部、関西、西部の4地域から20チームが参加して行われ、優勝チームは東京蹴球団というクラブでした。何と現在も同じクラブ名で存在し、アマチュア・サッカー・クラブとして東京都社会人サッカー・リーグ1部に所属しています。
  
現在までの最多優勝チームは、意外にも慶応義塾大学(OB混成チームの慶應BRB、慶應クラブを含む)で9回を数えますが、1956年以降現在までは優勝経験はありません。
  
そしてJリーグ・クラブで最多優勝クラブは、今年の天皇杯を制した浦和レッズ。優勝合計7回で、日本サッカー・リーグ時代の三菱重工時代に4回、浦和レッズとしては今年を含めて3回、準優勝は4回という実績です。慶應義塾大学に次いで、通算でも第二位の優勝回数を誇ります。
  
一方純然たるJリーグ時代だけの優勝回数でみると、鹿島アントラーズが5回で最多優勝という事になります。
前述の通り、Jリーグが開幕した1993年以降の優勝チームは全てJリーグのカテゴリー1のクラブに限られています。我が国のトップ・リーグに所属するクラブなのですから当然ですが、Jリーグのカテゴリー2もしくは3、はたまた地域リーグのクラブが優勝するジャイアント・キリングのシーンを観る事ができたら、それも楽しいのではないかと思います。
  

決勝運営が変則的な直近4年間

  
1968年の第48回大会以降、天皇杯決勝戦は元旦の午後、東京の国立競技場で開催されることが定着します。
お正月元旦、明治神宮に初詣する多くの参拝客需要を取り込む為の営業戦略的に日程設定されたというのがその真意でした。天皇杯決勝を元旦に迎えるという事は、多くのサッカー選手にとって誇りとなったのです。
  
2020東京オリンピックの開幕に向けて、国立競技場が立て替えられる事になった為、2014年から今年2018年までは、変則的に決勝の地は4年間毎年違うスタジアムで開催される運営になりました。
  
2014年日産スタジアム、2015年味の素スタジアム、2016年吹田スタジアム、2017年と2018年埼玉スタジアム2002で決勝戦が行われましたが、来年2019年には新国立競技場で初の決勝が行われる事が決まっています。
  
又、今年の第98回大会では、年明けすぐにアジアカップが開催されるという緻密日程の関係上、決勝の日程が元旦ではなく12月に開催されました。
     

優勝チームに与えられる権利

  
天皇杯優勝チームには優勝賞金1億5千万円の賞金と天皇杯他が授与されます。賞金、賜杯とは別に、翌シーズンのアジア・チャンピオンズ・リーグ(通称ACL)に日本最大のトーナメント大会優勝クラブとして参加ができます。又、Jリーグ優勝クラブと対戦する富士ゼロックス・スーパー・カップに出場できます。
  
日本最大のトーナメント大会チャンピオンという称号と共に、世界の強豪クラブと対戦する事ができるACLに出場できる点からも、天皇杯優勝の地位は価値が高いのです。

練習場から高めた天皇杯優勝意識の結実

今年の第98回天皇杯優勝クラブは浦和レッズでした。浦和レッズの今シーズンは波乱の連続でした。監督が3人存在した今シーズンからもその波乱振りは想像できると思います。夏に立て直しのミッションを与えられたのが現監督オズワルド・オリベイラ氏でした。
  
シーズン途中から再建を開始したものの、今シーズンのJリーグは5位。昨年のACLチャンピオン・クラブは、このままでは今年に次いで来シーズンもACLに出場できない状態でした。
  
しかし、天皇杯チャンピオンにはACL出場権が与えられます。Jリーグ3位以内でACL出場が不可能となった浦和レッズにとって、最後のチャンスは天皇杯制覇でした。その想いの強さは、Jリーグのシーズン終盤から顕在化していました。
  
Jリーグ終盤に開催された10月24日のサガン鳥栖との天皇杯準々決勝に勝利し、天皇杯制覇まであと2ゲーム。12月5日の準決勝の相手は宿敵でありオリベイラ監督が一時代を築いた鹿島アントラーズ。今年のアジア・チャンピオン・クラブです。この強豪クラブに勝利しない限りACL出場への道は開けません。
  
オリベイラ監督は一計を案じます。通常非公開で行って来た公式戦前日練習を公開する事にしたのです。ただでさえACLに向かう為に負けられない一戦を前にして、戦術やスタメンを隠し、選手に余計な精神的ストレスを溜めさせない為の非公開練習の目的を変えたのです。本来目的を失っても尚得られるサポーターから頂くパワーに賭けたのです。
  
ゲーム前日、さいたま市内の大原練習場には多くの浦和レッズ・サポーターが終結し、選手、サポーター、クラブが一体となって、翌日のゲームに向かうモチベーションを高める事ができたのです。甲斐あって準決勝の鹿島アントラーズ戦はマウリシオ選手の1ゴールを守り切り浦和レッズの勝利。
  
12月9日のベガルタ仙台との決勝前日も、オリベイラ監督は大原練習場での前日練習を公開としました。そして三菱重工時代から通算7度目の天皇杯チャンピオンの座を得たのです。見事に来シーズンのACL復帰も決めたのです。
  
浦和レッズの本拠地である埼玉スタジアム2002は、Jリーグ最多の観客入場者数を誇るスタジアム。熱く厳しく愛情溢れるサポーターが数多く終結するスタジアムとしても知られています。浦和レッズの底力は、このサポーターの皆さんの力と共にあります。それはスタジアムだけではなく、大原練習場から始まっているのです。
その力を信じたオリベイラ監督の名采配。オズの魔法使いはまた一つ魔法を手に入れたのです。

様々な競技団体に下賜されている天皇杯。サッカーの天皇杯の知名度は高く、Jリーグのクラブが優勝を継続しているので、Jリーグの大会と思われているきらいがありますが、実はJリーグ創設の遥か昔から開催されている日本サッカー界最大の権威ある大会なのです。
平成の30年間が終わろうとしています。来る新しい時代に、天皇杯サッカー大会は100年の節目を迎えます。
この歴史と伝統がある天皇杯が脈々と歴史を深めて行く事を祈念しながら、元旦に決勝戦が行われない年末にこの記事を終稿します。

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