『世界最高額のSB』アーセナルDFベジェリン~「変化」への適応が促す「進化」
1月16日、スイスのスポーツ研究機関=CIESが発表する『サッカー選手の市場価値ランキング』が発表となり、これまでトップだったバルセロナ所属のアルゼンチン代表FWリオネル・メッシ選手に替わり、クラブのチームメイトであるブラジル代表FWネイマール選手がトップに選出されました。
評価額の算出には、試合の出場時間数や得点数を始めとしたパフォーマンス数値に加え、年齢や契約内容も多く関わって来ます。
特に最近の移籍市場ではどこの強豪クラブにも人材不足であるセンターバックの希少価値が高いため、昨夏にエヴァートンからマンチェスター・シティへ移籍したイングランド代表DFジョン・ストーンズ選手を始めとする若手DFには高額な移籍金が必要となるケースが増えています。
そのため、今回のランキングトップ100にはそのストーンズ選手を始めとするDFが多く選出されました。
世界最高額のSBとなったベジェリン~40m走でウサイン・ボルトを越える超絶のスピード
40m走では『人類最速の男』ボルト選手よりも速いため、現地高級紙でこんな加工写真も掲載された。by The Independent
その中でも未だにプロデビューを果たしたクラブから移籍をしていないにも関わらず、『世界最高額』を維持するサイドバックがいます。
イングランドの名門アーセナルに所属する、エクトル・ベジェリン選手。昨夏の段階ではDF全体でも同ランキングで最も評価額が高かった、21歳の若きスペイン代表の右SBです。
ベジェリン選手の特徴は何といってもその爆発的なスピード。2014年にはアーセナル夏キャンプ恒例の40m走で、それまでの最速だったセオ・ウォルコット選手を抜く4.42秒、翌年には4.41秒を記録。
この記録はあの「『人類最速』の陸上選手=ウサイン・ボルトが100m走で世界新記録を出したレースでも、40mの段階ではベジェリンの方が2m先を走っている」、という驚くべき記録となっています。
偶然が重なったアーセナル加入とSBへのコンバート
トロフィーにキスするバルセロナ下部組織時代のベジェリン。by Indobolapost.com
2011年、バルセロナの下部組織に所属していたベジェリン選手は、当時のアーセナルの主将だったスペイン代表MFセスク・ファブレガス選手(現・チェルシー)がバルセロナへ移籍するのと入れ替わりでアーセナルに加入しました。
当時16歳だったベジェリン選手はウイングを務めるアタッカーでしたが、偶然にもアーセナルのスカウトが視察に訪れた試合では、負傷者が出た関係でDFとして出場していました。
ベジェリン選手自身はウイングとして攻撃力に自信を持っていたものの、先頃ACミランへ高額な移籍金で加入したスペイン代表歴のあるFWジェラール・デウロフェウ選手を筆頭に、当時のバルセロナではBチームを含めた下部組織でも将来を嘱望されるアタッカーが数多く在籍していました。
そんな世界最高の育成組織の中ではさほど目立つ存在ではなかったベジェリン選手は、「このままではプロ契約すらままならない」と考え、16歳でアーセナルの下部組織へ移籍する事を決断。
その上でアーセナルは彼にDFとしての可能性を見ており、「守備の事など何も知らない」ままに異国で右SBへコンバートされる事になりました。
ハードワークと出会いを大切にする好青年
ベジェリンの恩人、アーセナルのヴェンゲル監督(左)とボウルド助監督(右)by Sportskeeda
ただ、幸運だったのは彼がアーセナルに加入した当時、クラブの黄金時代を支えたDFでもあったスティーブ・ボウルド氏がアーセナルのU-18チームの監督を務めていた事。
その1年後の2012年夏からトップチームの助監督へと昇格する事になるボウルド氏は、ベジェリン選手にDFとしてのポジショニングや自陣でのゾーン守備を手取り足取りの指導で叩き込んでくれた恩人です。
そんな恩人がトップチームから見守ってくれる状況の中、2013年の夏にトップチーム契約を交わしたベジェリン選手。プライベートではトップチームで同時期にレギュラーへと定着する事になるフランシス・コクラン選手らを預かった事もある温かなホーム・ステイ先で安心して生活を送る事が出来ていました。
恩人との出会いを大切にし、生活環境の基盤を安定させた事で、「ハードワークは絶対に裏切らないし、それが自信にもなる」と語る意欲的な好青年はさらなるステップを踏む事になります。
“お隣り”へのレンタル移籍
アーセナルの練習場と敷地が隣同士のワトフォードへレンタル移籍した2013-2014シーズン。by Squawka
それがトップチームデビュー直後でのワトフォードへの短期レンタル移籍でした。ただ、ワトフォードの練習場はアーセナルの練習場の隣の敷地にあるため、毎日のようにアーセナルの選手とは顔を合わせました。
当時は2部リーグに所属していたワトフォードは元イタリア代表でチェルシーのレジェンドでもあったジャンフランコ・ゾラ氏が監督を務めており、攻撃的なサッカーを志向するゾラ氏の下でポジションを掴んだものの、直後にゾラ監督が解任された事で状況は一変。
その時に彼が気付いたのは、アーセナルには20年近く指揮を執る監督がいて、その指揮官は16歳からの自分の成長を見守ってくれている事
2013年11月から翌年2月までの短期レンタルからアーセナルへ復帰したベジェリン選手。上記のようにその年の夏キャンプから本格的にトップチームに合流した上で40m走の記録を作った彼は、とにかくまずは自分の持ち味をアピールし続けました。
キャンプからのアピールに成功したベジェリン選手はUEFAチャンピオンズリーグのボルシア・ドルトムント戦でチャンスをもらったものの、守備の脆さを突かれてチームも惨敗。
それでもアーセン・ヴェンゲル監督は機会を見つけては彼を左SBやサイドMFとして起用し、その反応を見守っていました。
「変化」に適応する事が「進化」を促す
DFへのコンバートと同時期に出会った自己啓発書『チーズはどこへ消えた?』
若手の発掘と育成手腕に長けたヴェンゲル監督が注視していたのは、「ストレスや重圧への対処の仕方」でした。ストレスを溜め込む事は不健康ですが、人間は突き動かされるような刺激がないと行動も起こせません。何をやっても試合では上手くいかない中、それでも諦めない姿勢でハードワークを怠らないベジェリン選手は、そのストレスへの対処が的確でした。
バルセロナで将来に対する不安を感じ始めた頃、コーチから読書を薦められたベジェリン選手は、世界的に大きな反響を得た自己啓発本『チーズはどこへ消えた?』と出会いました。心理学者のスペンサー・ジョンソン氏が書いたこの自己啓発本は筆者も愛読していますが、「変化」に適応するための考え方や方法論を説いています。
その頃、自身のSBへのコンバートや異国となるアーセナルへの移籍にも活かした「変化」への適応は「進化」を促し、彼の血となり、肉となって生きています。
そして、「ハードワークは裏切らないし、自信にもなる」という彼のプロフェッショナルな考えにも繋がり、それがストレスへの的確な対処法となっているのです。
ハードワークを怠らずに諦めない姿勢は、自身の裏のスペースを取られても1対1の対応での粘り強い守備へと活かし、裏を突かれた場合はその超絶スピードでファインプレーを連発する事で結果を示し始めたベジェリン選手は、2014-2015シーズンの後半戦からレギュラーに定着。
また、ベジェリン選手がレギュラーに定着した頃、逆サイドにはセンターバックも経験して守備力に秀でたスペイン代表の左SBナチョ・モンレアル選手、右側のボランチにも広範囲をカヴァーできるボールハンターのコクラン選手が定着し始めたのもタイミング的には最適でした。
固定概念に縛られない不世出の超攻撃的SBが『世界最高の右SB』へ
負傷明けの途中出場したストーク戦。ウォルコット(右)の同点弾をアシストして抱擁。by The Indian Express
2014-2015シーズンはFAカップ優勝にも貢献したベジェリン選手。2015-2016シーズンには1年を通して定位置を守り、チーム唯一のリーグベストイレブンにも選出。公式戦46試合の出場で9アシストを記録するなど、より得点に直結する攻撃面での成長ぶりは凄まじいものがあります。
それを印象付けたのが、今季のプレミアリーグ第13節のストーク・シティ戦。直前まで怪我で戦列を離れていたベジェリン選手はベンチスタートとなったものの、DFの負傷で前半から急遽途中出場。
序盤から厳しい試合内容の中で投入直後に先制点を許してしまいましたが、彼のアシストから同点に追いつくと、その後も理想的な攻撃サッカーを披露したアーセナルが3-1で勝利。攻撃に「幅」も「深さ」を加えたのは間違いなくベジェリン選手でした。負傷明けの右SBの選手が途中出場でここまで攻撃の最終局面で「違い」を作れるとは・・・。その存在感の大きさを感じさせた試合でした。
もっとも、攻撃参加するだけでなくぺナルティエリア内まで突破したり、クロスよりもグラウンダーのパスで得点をお膳立てするようなベジェリン選手は、固定概念に囚われないアーセナルとヴェンゲル監督のチームだからこそ誕生したサイドバックとも言えます。実際、アーセナルで活躍を始めてからもスペイン代表からはなかなか声がかからず、現在も招集されたとは言っても代表に定着も仕切れていません。
代表歴が薄いにも関わらず、『世界最高額』のSBとして評価されるベジェリン選手。今後は『世界最高額』だけでなく、名実ともに『世界最高』を目指す!そんな彼のさらなる進化が楽しみです!
プロフィール
名前:エクトル・ベジェリン
生年月日:1995年3月19日(21歳)
出身:スペイン
身長:177cm
体重:74kg
所属クラブ:FCバルセロナ下部組織(2003-2011)→アーセナル(2011- ※ワトフォード(2013.11~2014.2)
ポジション:右サイドバック
背番号:24