J参入のアスルクラロ沼津へ。7年ぶりに静岡へ戻ってきたMF伊東輝悦のこれまでの歩み

49歳ゴン中山の現役復帰に沸く、今季からJ3参入のアスルクラロ沼津に、また新たに伊東輝悦選手の加入が決まり話題になっています。新規参入のクラブがなぜ即戦力ではなく、相次いでベテラン選手の獲得を画策したのか。42歳という年齢で現役続行を決意した伊東選手のこれまでの歩みを振り返りながら紐解いて行きたい。

プロフィール


by アスルクラロ沼津

伊東輝悦(いとう・てるよし)選手
1974年8月31日生まれ
静岡県出身
168cm/70kg
利き足:右足
ニックネーム:テル
歴代所属クラブ:東海大学第一高校→清水エスパルス→ヴァンフォーレ甲府→AC長野パルセイロ→ブラウブリッツ秋田→アスルクラロ沼津
日本代表歴: アトランタオリンピック、1998 FIFA ワールドカップ、コパ・アメリカ 1999、FIFA コンフェデレーションカップ 2001

サッカー王国静岡県出身の伊東輝悦選手は、東海大学第一高校を経て清水エスパルスに入団。日本代表に選出され、Jリーグベストイレブンにも輝いた実績を誇る、地元が生んだヒーローとして活躍してきました。今記事では、伊東選手にまつわる象徴的な3つの出来事にフォーカスしてこれまでの歩みを振り返ります。

マイアミの奇跡の立役者


by Golaco

1996年アトランタ五輪、メキシコ五輪以来28年ぶりに出場を果たしたU23日本代表が、グループリーグ同組に入ったブラジルと対戦、優勝候補に目されていたスター軍団相手に劇的な勝利を収め世界を驚かせた「マイアミの奇跡」

この試合で唯一の得点を挙げたのが伊東選手でした。後方から入ったクロスに対して、ブラジルのGKとDFが目測を誤り衝突してしまう。コロコロと転がったルーズボールをただ無人のゴールに流し込んだだけ。

一見ラッキーなゴールのように映るこのシーンですが、90分間で28本のシュートを浴びながらも必死で守り抜いた守備、そして、諦めることなく走り続けなければこの得点が生まれることはありませんでした。これが、この日、攻守に奔走した伊東選手が奇跡の立役者と称された所以です。

テルドーナからテルレレへ


by 清水エスパルス

マイアミの奇跡をはじめ、所属クラブや日本代表戦でも、守備的MFとして出場していた印象が強い伊東輝悦選手ですが、元々はFWの選手でした。「ゴムまりのようなドリブル」で一気に数人を置き去りにするプレーに、まるでマラドーナさながらという意味合いから「テルドーナ」というあだ名で呼ばれていたそうです。

ところが転機が訪れました。それは、アトランタ五輪に出場した当時のU22日本代表の西野監督の指導によるボランチへのコンバートです。無尽蔵の運動量と相手の攻撃の芽を摘む守備能力は、とりわけ、ジダンらと共にフランス代表の黄金時代を築いたクロード・マケレレのようだと讃えられ「テルレレ」というあだ名までついたほど。

転機をチャンスに変えた、テルドーナからテルレレへの変貌で伊東選手は日本代表へ選出、そして1999年、中心選手として清水エスパルスの2ndステージ優勝に貢献し、同年のベストイレブンに選出されました。

前人未到のJ1 500試合出場記録


by Jleague.jp

1993年に入団し、7年間に渡り483試合に出場、30得点を記録した清水エスパルスからの戦力外通告を受け、伊東輝悦選手は、ヴァンフォーレ甲府への移籍を決意。翌年2011年7月16日、G大阪戦で史上初のJ1、前人未到の500試合出場という大記録を達成しました。

その後、3年間在籍したヴァンフォーレ甲府を退団。長野パルセイロ、ブラウブリッツ秋田と渡り歩き、今シーズンからアスルクラロ沼津への入団が決まりました。

42歳を迎えてもなお現役続行にこだわる伊東選手。その偉業は、今季、50代のJリーガーとして注目を集めているキングカズ(三浦和良選手)の前では、残念ながら、その価値は色褪せてしまいがちです。ですが日の当たりづらい道のりをただひたすら邁進する姿はいかにもテルらしい。

伊東輝悦を7年ぶりに地元静岡に呼び戻したアスルクラロ沼津。その真意は、伊東輝悦という生き様がもたらすチームへの影響力ではないでしょうか。衰えを知らぬ鉄人テルと共にアスルクラロ沼津は力強い第一歩を踏み出そうとしています。

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