新星なでしこの大黒柱へ!新主将候補のMF宇津木瑠美~時代も求めた異彩を放つ攻守の要
閏年の今年。2月29日に始まったブラジル/リオディジャネイロ五輪出場枠を決める女子サッカーのアジア最終予選。前回大会同様に今回もセントラル方式による集中開催となり、今回は日本の大阪で開催されました。最終予選への出場国は6カ国で、全参加国と総当たり1回戦のリーグ戦を5試合を戦い、上位2カ国がリオへの出場権を得る方式でした。
日本のなでしこジャパンは2011年のドイツW杯で優勝、2012年のロンドン五輪と2015年のカナダW杯でも準優勝していました。世代交代が進まずに停滞しているとはいえ、未だに最終予選前のFIFA世界ランキングでも4位とアジア最高位でした。ただし、10日間で5試合をこなす超過密日程は厳しく、女子サッカー界においてはアジアが最も強豪揃いの大陸と言えるほど。今回の最終予選参加国でも過去にW杯の決勝トーナメント進出国が実に4カ国(日本、オーストラリア、中国、北朝鮮)もあり、現在のFIFAランクのトップ10国も3カ国が入っていました(4位・日本、6位・北朝鮮、9位・オーストラリア)。非常に熾烈な争いでした。
この過酷な最終予選を前に日本だけでなく「世界の女子サッカー界のレジェンド」MF澤穂希さんが昨年限りで現役を引退、続いて守護神としてゴールを守り続けて来たGK海堀あゆみさんも現役を引退して迎える厳しい台所事情にありました。それでも、その最終予選の登録メンバー20人には、2011年のドイツW杯優勝メンバーが14人と大部分を占めている構成でした。
レジェンドが引退して迎えた初の公式戦となったリオ五輪アジア最終予選。初戦は昨年のカナダW杯準々決勝で対戦した豪州。カナダW杯ではピッチ全体を使った緩急自在のパスワークで相手を消耗させ、途中出場のFW岩渕真奈選手の劇的な決勝ゴールで1-0で勝利したスコア以上に圧倒した完勝した相手でした。しかし、豪州に徹底した対策を打たれ、全く何もできずに1-3と敗戦。続く第2戦の韓国戦も1-1の引き分けに終わり、第3戦でも中国相手に1-2と敗れて3戦未勝利。第4戦・ベトナム戦を迎える直前には他会場での結果により、主要国際大会で3大会連続のファイナルまで駆け上がって来たなでしこジャパンの2試合を残しての予選敗退が決定しました。
予選敗退の責任や契約期間の満了もあり、佐々木則夫監督が勇退したなでしこジャパンには高倉麻子新監督が就任。2016年5月20日、その初陣となるアメリカ遠征のメンバー20選手が発表されました。これまで主将を務めたMF宮間あや選手が選出を辞退する中、新主将に推したい選手が帰ってきました。今回はDFでの登録となっていますが、フランスのモンペリエに所属するMF宇津木瑠美選手です。
リオ五輪最終予選の敗因は「澤ロス」ではなく宇津木の不在
リオ五輪出場を逃した事により、そのあまりの存在の大きさに「澤ロス」を叫ぶ多くのメディア報道が渦巻いていましたが、実際のピッチ上で”ロス”を感じたのは、怪我上がりからのコンディション不良によりメンバー外になったMF宇津木瑠美選手の不在でした。
なでしこの予選敗退最大の敗因は、ボールの奪い所が定まっていない事だったように思います。特に初戦の豪州戦ではボランチにゲームメイクを期待されて攻撃的MFの宮間選手が入った事で、今までは「真ん中で奪う」ように追い込んでいた守備の約束事が効かなくなってしまいました。
サッカーのセオリー(基礎)では相手をサイドに追い込むのが基本ですが、体格で不利になる事を悟ったなでしこジャパンでは、サイドに追い込んだところでアバウトなクロスを放り込まれる方が分が悪いため、中盤で中央に追い込む事を優先する稀有な守備戦術を採用して来ました。そして、1対1の競り合いやフィジカルが強く、外国人選手にも当たり負けしない澤さんや宇津木選手をボランチに配置する事でこの守備戦術が機能していたのです。
そして、報道では「澤ロス」を過剰に叫ばれたものの、実際は昨年のカナダW杯での澤さんは決勝トーナメントに入ってからは1度も先発起用されていません。決勝も含む重要なその4試合でボランチを務めたのは宇津木選手で、準々決勝の豪州戦ではマン・オブ・ザ・マッチに選出される大活躍でした。
「組織を重視しているとはいえ、私は1対1の局面で勝てる選手になる」と、バシバシと生音がするほど自ら身体をぶつけ、フィジカルバトルでも外国人選手に競り勝てる宇津木選手の存在は大会を通して際立っていました。
宇津木選手は誰よりもミスの多い選手かもしれませんが、それだけ常に前向きなトライをし続けている選手です。そして、そのパススピードは「ドン!」と音がするほど球筋が速く、鋭い。1対1の競り合い、パススピード、前向きなトライ・・・etc…。今のなでしこジャパンに足りないモノを宇津木選手は全て持っています。
「世界最高のバックアッパーになろう」と決意したドイツW杯、負傷欠場したロンドン五輪
by OL Féminines
そんな宇津木選手は優勝したドイツW杯では2試合に途中出場しただけの完全な控えメンバーでした。それでも「私たちは世界最高のバックアッパーとなろう」と結束しました。実際にそうなりました。とはいえ、その1年後のロンドン五輪では怪我のために招集外となっていた選手です。
ただ、佐々木則夫監督がロンドン五輪後に「自分達のサッカー」の先にあるものを狙って幾度にも渡って新たに主力に組み込もうとしていたのが宇津木選手。
2010年にフランスのモンペリエへ移籍し、外国人選手も顔負けのフィジカル能力を磨いて1対1での強さも身につけ、尚且つ、なでしこジャパンでは稀な左利きの宇津木選手。当初は最終ラインで統率力に長けながら上背のないCB岩清水梓選手や、逆に対人守備に強さを見せる反面ラインコントロールに難のあるCB熊谷紗希選手の間に割って入るようにCBにコンバート。あるいは守備的に入る際に、2人の主戦CBと共に3バックを形成する戦術的オプションになるように起用されました。また、カナダW杯の1年前からMFの澤さんが代表を外れるとボランチとして起用されたり、カナダW杯の大会直前や本大会のグループリーグでは左サイドバックとしても定着させたり。
ことあるごとに佐々木監督は宇津木選手に期待を寄せて主力として定着させようとして来ましたが、「第3のCB」として、「オールラウンダー」としては最良の評価が与えられる一方で、「12人目の先発メンバー」から脱皮する事がなかなか出来ませんでした。
フランスでの経験を活かして主力に定着したカナダW杯~「12人目の先発メンバー」からの脱皮
by goo news
それは自身の特徴やフランスで長くプレーしているのもあって、「前でボールを奪う守備」のタイミングが他のなでしこイレブンから見れば早すぎて、「ここで前に出るか?」のような感覚的なズレにもあったでしょうし、バンッと音を立てる男子顔負けのパススピードの速さでも、従来のなでしこのパスサッカーには適応するのが難しかったのかもしれません。
しかし、女子サッカーのトレンドとして前回大会で優勝した「なでしこ流」も世界的に拡がり、対策も緻密になされた事でなでしこの強化は行き詰まりました。スケールの大きな「異分子」を求めるようにもなりました。逆に宇津木選手本人の試合中の動きを見ていれば分かるように、彼女は誰よりも周囲の選手と声を掛け合って、自分の要求やチームメートの要求を擦り合わせられるような選手に成熟しました。カナダW杯・豪州戦後でMOMに選出された姿からは、あの澤さんからポジションを奪った本物の実力者の凄みを感じさせていました。
つまり、なでしこJAPANも宇津木選手本人の成長曲線も、そして時代の流れも、宇津木瑠美という未だそのポテンシャルを活かしきれてはいなかった異彩を放つ選手を求めていました。
カナダW杯で決勝トーナメントになってからボランチとして定着した宇津木選手。最前線からのプレッシングでパスコースを限定してくれる戦術の利もあって、アプローチの速いボール奪取力をチームの武器として活かしました。これが偶然でないのは、彼女はCBであろうと、左SBであろうと、ボランチやアンカーとしての起用であろうとも、ポジションによって自分のプレーを変えるのではなく、常に「宇津木瑠美のプレー」を披露して来たからこその活躍でした。チームもそれを求めていたのです。
おそらく女子サッカー界では移民も多いフランスが最もフィジカル面で優れているため、その地でプレーしている彼女にとっては、リオ五輪で大会4連覇を狙う絶対的世界女王・アメリカ相手にも競り負ける事はないでしょう。バシッ、バシッと生音がするような体と体がぶつかり合う中盤での潰し合いを制し、球足の速い縦パス、フィジカルで劣るサイドバックのカヴァーリング。自陣ゴール前から相手ゴール前までをカヴァーする運動量、これだけ万能な選手もなかなかいないでしょう。
今後、高倉新監督が「構想には入っています」と話した宮間選手が代表に復帰し、彼女が主将になったとしても、澤さんが不在となった現在のチームには新たな精神的支柱が必要です。それは体格的にも外国人選手にも負けず、長く海外でプレーしている宇津木選手やFW大儀見(永里)優季選手、DF熊谷紗希選手が担うべきだと思います。幸い、チームの骨格をなすセンターラインに各1人ずつその候補選手がいるのは強みでしょう。
その中でも、カナダW杯決勝でアメリカに2-5と敗れた直後のインタビューで、
(自身がレギュラーとしてプレーした初めての国際大会でその成長の要因を聞かれて)宇津木選手は「サッカーの技術が急に向上したわけでもなく、人間としての成長。フランスへ行き、人とのコミュニケーションの重要さはどうあるべきか?サッカーが団体スポーツとしてどうあるべきか?人として成長するためにはどうあるべきか?~(以下省略)」
と、答えていた宇津木選手。そう考えながら日々を過ごしている選手がいる限り、なでしこジャパンは大丈夫です!そして、そんな考えを持つ宇津木選手にこそキャプテンを担っていただきたいです。
新生なでしこジャパンの船出は、新主将候補の宇津木選手に注目してみましょう!!