大宮アルディージャのキング?! 家長昭博の経歴まとめ

2015年J2リーグで優勝し、再びJ1で戦う大宮アルディージャ。
チームの中心となったのが家長昭博選手です。
10代の頃から注目されてきた家長選手の所属チームについてまとめました。


by SOCCER DIGEST WEB

生年月日 1986年6月13日
身長/体重 173cm/70kg
出身 京都府

天才と呼ばれたユース時代

家長選手はガンバ大阪のジュニアユース出身で、当時から評価が高く天才と言われていました。
レベルの高いG大阪の下部組織の中で家長選手はユースへ昇格していますが、ジュニアユースの同期である本田圭佑選手(ACミラン)や東口順昭選手(G大阪)は昇格できず高校サッカーへ進んでいます。
そしてユース在籍中に高校生ながらトップチームへ昇格しています。

2種登録選手(ユースチームや高校のサッカー部などに在籍する選手)として2004年6月にJリーグデビューを果たし、その試合でゴールを決めています。
2種登録選手のデビュー戦ゴールはJリーグ史上初です。


by SOCCER KING

定位置確保へレンタル移籍

タレント豊富なG大阪ではポジションが確保できず、2008年に大分トリニータへ期限付き移籍をしました。
開幕前の大怪我の影響でその年の出場機会は少なかったものの、翌年には26試合に出場しています。
2010年には期限付きでセレッソ大阪へ移籍し、31試合出場4得点と活躍しました。


by SOCCER KING

スペインへ

2010年12月にRCDマジョルカ(スペイン)へ完全移籍し、シーズン途中での加入でしたが14試合に出場し2得点を挙げました。
翌シーズンにはチームの構想外となり、2012年に蔚山現代(韓国)へ期限付き移籍をします。
同年7月に期限付きでG大阪へ復帰し、12試合で5得点と自身最多得点を更新しましたが、チームはJ2へ降格。
翌2013年7月にはマジョルカへ戻りました。
2014年マジョルカとの複数年契約が解除され、Jリーグへ復帰します。


by SOCCER DIGEST WEB

Jリーグ復帰

完全移籍で大宮へ加入し、低迷するチームの中で33試合出場6得点と存在感を見せました。
J2へ降格した2015年、33試合出場11得点とチーム2位の得点を挙げ、第25〜29節には5試合連続得点を記録。
J2月間MVPを6、7月の2ヵ月連続で受賞する活躍でした。
その堂々たるプレーは大宮のキングと言えるほど!
ボディバランスのよさとセンス溢れるプレーで2016年のJ1を盛り上げてくれるでしょう!

モバイルバージョンを終了