アーセナル vs バイエルン ゲルマン魂の容赦ない攻撃とチアゴ・アルカンタラ


by fcbayern.com/jp

オランダ、アヤックス、バルセロナのレジェンドでサッカー界に多大な功績を残した故ヨハン・クライフ氏は、「サッカーは美しく勝つ攻撃的でなければならない。それは一種のショーだ。例えば4-0でリードしていて残り時間が10分。こんなときはシュートをゴールポストに当てて、観客を『オオッ!』とどよめかせたほうが盛り上がる。」という言葉を残しました。ラテン民族であるオランダ人のクライフ氏は、芸術的で創造的でスペクタクルなサッカーを選手としても監督としても追い求めました。一方のゲルマン民族であるドイツ人は、勤勉で時に冷酷さを見せることがあります。

ファーストレグで5-1と圧勝し、セカンドレグではレッドカードで1人少なくなった相手に対してさらにゴールを重ねて叩きのめす姿は、冷酷なほど勝利へとこだわるゲルマン魂を見たとも言えるでしょう。こういう視点で見れば、2014年のワールドカップ準決勝で開催国ブラジルを叩きのめしたドイツ代表を思い出すかもしれません。残念ながらバイエルンにはスターティングメンバーにノイアーとフンメルスしかドイツ代表がいませんでしたが。

ではファーストレグに続いてセカンドレグについても、試合内容を振り返っていきましょう。

■関連記事:
バイエルン vs アーセナル 攻撃と守備は切り離された概念ではない

スターティングメンバー


by formation-y


by formation-y

アーセナルは今シーズン、サンチェスを最前線に置く“偽9番”のような形をとってきていました。しかし4点のビハインドを負ってバイエルンをホームに迎えたアーセナルは、本職がセンターフォワードであるジルーを起用し、サンチェスを左ウイングに置きました。一方で、自由なポジショニングでチームの攻撃を組み立てるエジルがベンチスタートとなりました。

期待点とパスマップ、試合内容と運

まずは期待点とパスマップの統計に目を通しましょう。“期待点”(ExpG)は単純な量的統計であるシュート本数ではなく、それぞれのシュートの質を統計的に求めたものでしたね。この試合のシュート本数は10対16ですが、“期待点”だと0.52対4.50(3.74+1PK)であり、1対5というスコアがかなり妥当であると言えます。

次にパスマップですが、この試合ではコシェルニの退場前後で試合展開が大きく異なるため、パスマップをそのまま評価するのは好ましくないと思われます。そのあたりも後にアーセナルの狙いを見ていきながら考えていきたいと思います。

また、試合内容と運についての図も作りました。2試合を通して、試合内容と実際のスコアなどを比較して楽しんでもらえればと思います。

チアゴ・アルカンタラ

今シーズン、チアゴ・アルカンタラはドイツのブンデスリーガで最高の選手と言っても過言ではなく、少なくとも、カルロ・アンチェロッティが率いるバイエルン・ミュンヘンにとって最も重要な選手であることは間違いありません。彼は中盤で全てを繋ぎ合わせ、絶えず動き回ることで全てをスムーズに運ぶことができる選手です。恐らく、ペップ・グアルディオラ体制の頃よりはスムーズではありませんが、チアゴは1つ上のレベルのプレーを見せています。


by thetacticsroom.com

彼がボールを持つことの重要性は、彼が実行するパスの数が多いことに反映されています。チアゴはリーグで90分当たり101.1回(昨シーズンは86.8回)のパスを実行しており、90.4%のパス成功率を誇っていて、彼がどのように“ポゼッション”を求め主導権を握ろうとしているのかを示しています。彼は良い意味で、コントロール教信者であり、ボールを保持しバイエルンがピッチ上を移動する場所を操る上で大きな役割を果たしました。

バイエルンのボックスビルドアップとライン間

普通、彼は攻撃の組み立てである“ビルドアップ”の局面において中盤の深い位置にポジショニングしてセンターバックからボールを引き出す選手ではありません。バイエルンにとってこの役割を担うのはシャビ・アロンソやアルトゥーロ・ビダルです。代わりに、彼は最初の“ボール前進”が達成された(ビルドアップで相手の1列目のディフェンスであるフォワードの選手のプレッシングを剥がしてボールを前に繋げる)後に、“ライン間”(相手のDFラインとMFラインの間のスペース)でボールを引き出そうとします。それだけではなく、バイエルンのディフェンダーが持つ相手のラインを分断する能力の高さによって、彼らがボールを持っていても(中盤の選手にボールが渡る前でも)中盤でより多くの縦パスのコースを作ることができます。


by thetacticsroom.com

サイドバックがビルドアップの出口となると、チアゴはピッチのボールサイドに移りパスコースを作ってサポートします。それは彼がピッチの高い位置でウイングの選手とともに頻繁に行う動きのパターンであり、また中盤の低い位置でも同様に“ハーフスペース”(Half-Space:ピッチを縦に5分割した時のウイングスペースとセンタースペースの間のレーン)へスライドして数的優位を生み出す動きのパターンです。それによって通常、彼がマークされずにフリーとなってボールを中盤に繋げることができるか、彼が追跡されて他のスペースがオープンとなり他の選手が利用できるか、どちらかの効果があります。チアゴの動きが相手に“解決しなければならない問題”を提示し、相手に“決断”を強いることになります。

引用:戦術とは問題を解決する行為である—坪井健太郎氏

ボールの保持と前進の側面だけでなく、彼のアタッキングサードでの創造性もキーとなっています。ゴールやアシストの数自体はそれほどでもありませんが、それでもまずまずの結果です。

代わりに、常に半身でプレーし、“ライン間”のスペースでボールを引き出し、狭いエリアでチームメイトとワンツーをして相手をかわす能力にあります。彼のパスは滑らかで正確です。

チアゴは幅広いスキルを持っており中盤のあらゆるエリアで伸びやかにプレーすることができるので、ビルドアップの局面を助けるために少し低い位置に落ちたり、アタッキングサードでライン間にギャップを見つけたり、彼はどちらでも実行することができます。陣形と戦術的団結が非常に重視されている中で、選手には多くの局面で自由が与えられることは稀です。

次ページ:バイエルンのトランジションとカウンタープレッシング

バイエルンのトランジションとカウンタープレッシング

チアゴがオフ・ザ・ボールで行っていることは、非常に過小評価されている特徴となっています。バイエルンのような相手をピッチの深い位置に押し留めるようなポゼッション重視のチームにとって、チアゴのように知的に“カウンタープレッシング”(Counter-Pressing:ボールを失った直後、すなわち“ネガティブトランジション”においてプレッシングを加えること)ができる選手はスタイルを強化するのに重要となります。

“カウンタープレッシング”とは、“カウンターアタック”に対してプレッシングをかけることであり、ボール喪失の場面で後ろが手薄になっている時にカウンターアタックを防ぐことができるだけでなく、そのプレッシングでボールを奪い返すことができれば、相手が攻撃の局面に移行しようとして生まれたポジショニングのギャップを利用してチャンスを生み出すことができます。

パスと同様に、大切なのは数字ではありませんが、チアゴは守備的アクションの数についても同時に非常に優れています。


by thetacticsroom

このような守備的特徴を評価する時に量と質の間には直接の相関関係はなく、特にそれはチームのプレースタイルが統計に大きな影響を与えるからなのですが、主に何を示しているのかというと、どれだけボールを保持していないところでチアゴが貢献しているのかということです。

アレクシス・サンチェスを起点にした攻撃

アーセナルが見せた攻撃の形の1つとして、左ウイングのサンチェスがタッチライン際で下がりながらボールを受けて攻撃の起点となるものが見られました。バイエルンの右サイドはラームが出場していなかったとはいえ、明確なウィークポイントだったわけではなく、サンチェスが“質的優位”(Qualitative Speriority)を見せてボールをキープをできたということです。横幅を取ってボールを受けるサンチェスに対して、“ハーフスペース・スクエア”(相手のセンターバック、サイドバック、ウイング、センターハーフの四角形)の中心にラムジーがポジショニングし、後方にジャカがパスコースを作り、モンレアルが高い位置を取るという形でサポートしてボールを循環しました。そのボール循環の時にジルーが裏取りをしたり、ウォルコットなどが逆サイドでボールを受けて素早く仕掛ける形が何度か見られました。


by footballtactics.net

サンチェスが攻撃の起点となったのにはもう1つの要因があります。アーセナルはボール非保持時に、サンチェスが前線に残り、ラムジーが左サイドハーフ的に振る舞いました。時々、左サイドに帰ってくることもありましたが、基本的にはカウンターアタックのために前線に残しておきたいという考えがあったのでしょう。一方、右ウイングのウォルコットはMFラインに下がってきて、4-4-2に近い形で守備を行っていました。

さて、サンチェスを起点とした攻撃は、20分のウォルコットの先制点の後から活性化しました。そこまでは両チームが五分五分で膠着気味だったのですが、アーセナルはリードを奪った後に試合を優位に進めます。以下は『Squawka』が掲載している“パフォーマンス・スコア”という値で、オン・ザ・ボールのアクションから算出している選手やチームの評価値なのですが、アーセナルの先制ゴール(20分)からバイエルンの同点ゴール(55分)までアーセナルが高い値を出しています。また、前述の“期待点”でも、この時間帯はアーセナルが善戦していることが伺えます。


by champions-league.squawka.com

ハーフスペース・スクエア


by footballtactics.net

“ハーフスペース・スクエア”という言葉は、筆者の造語です。ライン間かつハーフスペース、すなわち相手のセンターバック、サイドバック、ウイング、センターハーフの四角形のエリアを指す言葉として生み出しました。“ハーフスペース”は、ドイツサッカー協会が作った用語の英訳であり、バスケットボールの“トレーラーレーン”や岡田武史氏が日本代表監督時代に使っていた“ニアゾーン”と同様の意味合いです。

■関連記事:
2016-17 ブンデスリーガ開幕戦・ドルトムント対マインツ、戦術分析《動画あり》

コシェルニの退場、バイエルンの同点ゴール後

コシェルニの退場後、ジャカがセンターバックに入り4-4-1で対応しますが、それまでよりもプレッシングの開始位置が下がってしまい、受動的守備となってしまいました。さらに68分にロッベンが追加点を決めた後、アーセナルは72分にラムジー、サンチェス、ジルーに代わってコクラン、エジル、ルーカス・ペレスが投入されますが、1枚少ない中でゴールに迫ることができません。エジルが左サイドハーフに入り、自由なポジショニングで攻撃を組み立てたことから、一転して右サイドを起点とした攻撃が増えます。しかし間延びしたアーセナルの攻撃に対し、バイエルンは“ポジティブトランジション”から立て続けにゴールを奪い、またドウグラス・コスタ、キミッヒ、レナト・サンチェスに出場機会を与えて時間を過ごしました。

まとめ:ベンゲル、サンチェスなどの去就

今回もベスト16でチャンピオンズリーグを後にすることとなったアーセナルですが、ベンゲル監督の去就はまだわかりません。またサンチェスやエジルの昇給交渉の行方も不透明です。ともかく、チャンピオンズリーグに敗れてしまったので、プレミアリーグでチャンピオンズリーグ出場権を着実に手にすることが次第点となるでしょう。

バイエルンは、ラームとシャビ・アロンソが今シーズンで引退してしまうので、彼らに有終の美を飾らせてあげられるのかが注目ポイントです。また来シーズンに彼らの抜けた穴を補えるのかも重要となってきますが、それは実際に彼らが抜けてから判断したいと思います。

モバイルバージョンを終了