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G大阪3冠の立役者MF阿部浩之が移籍~川崎をクラブ史上初タイトルへ導くアベシャビンとは?

hirobrown

2017/01/16 23:04

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 2016年シーズンの明治安田生命J1リーグを年間勝点2位で終え、参戦した明治安田生命Jリーグチャンピオンシップ準決勝では鹿島アントラーズに敗れた川崎フロンターレ。奇しくもチャンピオンシップの再現となった天皇杯決勝でも鹿島に敗れ、川崎はクラブ史上初タイトルの獲得ならず。J1リーグで3度、ヤマザキナビスコカップ(現・YBCルヴァンカップ)で3度に続き、通算7度目の準優勝に終わりました。

 その天皇杯決勝を最後に、5シーズンに渡って指揮を執り続けた風間八宏監督が退任(名古屋グランパス新監督に就任)。新監督には鬼木達コーチが昇格し、風間監督が植え付けた華麗なパスサッカーの継続路線をとる事をクラブ側も期待していますが、何かしらの変化はあるはず。特に2013年の加入からJ1リーグ史上初の3年連続得点王を獲得した元日本代表FW大久保嘉人選手の退団(FC東京へ移籍)により、4年間でリーグ130試合で82得点を挙げて来た絶対的な攻撃の柱を失った事は大きな変化となるでしょう。

 ただし、それは必ずしもマイナスに作用するという意味ではなく、大久保選手よりもより流動的な動きから得点を量産できる現役の日本代表FW小林悠選手が最前線に入る事で、小林選手のさらなる飛躍はもちろん、2列目の選手の得点量産に期待が持てる部分があります。

 そんな中、川崎は2017年シーズンからの新加入選手として、大宮アルディージャから元日本代表MF家長昭博選手を獲得。2016シーズンに11得点5アシストを挙げ、大宮のクラブ史上最高となる5位に大きく貢献。大久保選手の抜けた穴を払拭する活躍が期待される目玉補強と言えるでしょう。

 そして、悲願のクラブ史上初タイトル獲得の鍵を握るのは、ガンバ大阪から完全移籍して来たMF阿部浩之選手だと筆者は考えています。


2014年にG大阪の3冠に大きく貢献したMF阿部が川崎へ加入(写真は昨年7月の広島戦で豪快なミドル弾を決めた直後)。by Jleague.jp

J2降格、J1昇格、3冠の波乱万丈な3年間

 2012年に関西学院大学からG大阪に加入してプロキャリアをスタートさせた阿部選手。ただし、当時のG大阪は前年まで10年間指揮を執った西野朗監督が退任。不安定な時期を迎えていました。

 そんな中、阿部選手自身はJ1リーグ開幕戦でデビューを果たすなど、1年目からリーグ18試合に出場して2得点。AFCチャンピオンズリーグでも得点を挙げるなど個人的にはまずまず順調なデビューイヤーとなったものの、チームはまさかのJ2降格を経験。

 ただ、2013年にクラブ史上初のJ2を戦う事になったG大阪は若手選手がプレーする機会が多くなり、阿部選手もスーパーサブ役だった1年目よりも先発出場の機会が増え、30試合(先発14)の出場で5得点を記録。J2優勝にも貢献し、確かなキャリアを積んだシーズンとなりました。

 そして2014年、J1へ昇格しながらもエースFW宇佐美貴史選手(現・アウクスブルク/ドイツ)を負傷で欠いていたチームは序盤から大苦戦。そんな中でも阿部選手だけはセレッソ大阪との敵地での”大阪ダービー”で両足からの豪快なミドルシュートで2得点するなど絶好調。

 FIFAブラジルW杯による中断期間前に復帰した宇佐美選手、その中断期間に補強したブラジル人FWパトリック選手による最強2トップがハマり、前年のJ2時代から指揮を執る長谷川健太監督による堅守速攻スタイルを完成させたG大阪は中断期間明けに連勝街道を進みました。

 また、このシーズンは天皇杯を元日に行わず、J1リーグ最終節の翌週に開催した事もあり、その勢いを味方につけたG大阪はJ1リーグとナビスコカップ、天皇杯の3冠をJ1昇格初年度に達成。3冠は2000年の鹿島以来Jリーグ史上2度目、昇格初年度では初の偉業。阿部選手にとってはJ2降格、J1昇格、3冠とJリーグにまつわる悲喜こもごもを全て体験したような波乱万丈なプロ入り後の3年間となりました。


阿部浩之 G大阪での5年間の出場記録

3冠の立役者は『サイドのボックス・トゥ・ボックスMF』


ミドル2発で『阿部の日』となった2014年4月12日、敵地での”大阪ダービー”。以降は『ダービー男』の称号も。川崎加入後も多摩川クラシコで期待!by 平沢整骨院

 阿部選手はその3冠を獲得した2014年シーズンに初めてレギュラーに定着。30試合(先発27)に出場し、”最強2トップ”に続くチーム3位の7得点を挙げ、3冠獲得の立役者となりました。

 <4-4-2>や<4-2-3-1>のシステムを採用するG大阪にあって、阿部選手は主に2列目の右サイドを務めます。相手が3バックのチームの場合は中盤をダイヤモンド型にするトリプルボランチを組み、その際も右側のボランチを担いました。

 そんな阿部選手らが担うG大阪の2列目サイドの役割は多岐に渡り、とにかく運動量が問われます。

 長谷川監督のチーム作りは清水エスパルス時代から守備組織の構築が最優先で、特徴的なのはセンターバックの2人がカヴァーリングでサイドに出ないで常に中央に構える事。さらに4バックの4人がぺナルティボックスの幅で守備ブロックを作るポジショニングが約束事になっており、相手のサイド攻撃やクロスを上げる選手にはサイドバックではなく阿部選手ら2列目のサイドMFがプレスバックして対応する事になっています。

 さらにボランチの今野泰幸選手は本能的にボールを奪いに前に突っ込むため、自陣のバイタルエリアにはスペースが出来てしまいます。阿部選手はそのカヴァーも担っていたのですが、それがトリプルボランチもスムーズにこなせる要因になったと考えられます。 

 頻繁に最終ラインまで吸収されるタスクをこなしながらチーム3位の7得点を挙げた阿部選手。『サッカーの母国』イングランドでは攻撃でも守備でも両方のゴール前に関わる中央のMFを『ボックス・トゥ・ボックスMF』と呼びますが、阿部選手のそれは『サイドのボックス・トゥ・ボックスMF』と表現できる働きです。

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