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前俊を諦めない!諦めたくない前田俊介選手の美技を紹介

編集部D

2016/08/07 22:30

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「前俊を諦めない」という言葉があります。前俊とはガイナーレ鳥取に所属する前田俊介選手の愛称です。彼は天才的なテクニックとひらめきで、一人でゲームの展開を変えてしまうほどの力を持っています。しかし、プレーにムラがあるため、中々期待通りの結果を出せずにいます。カルト的な人気を誇る前田選手をフォーカスしていきます。

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by ガイナーレ鳥取

”未完”の天才前田俊介選手とは

前田俊介選手は、奈良県出身の北京オリンピック世代の選手です。中学時代から頭角を表し始め、複数の高校やクラブチームユースからスカウトされました。自由な雰囲気にひかれてサンフレッチェ広島ユースを選択した彼は、広島の下部組織で才能を開花していきます。

2003年のJリーグユース選手権大会で得点王に輝き、優勝の立役者となりました。2004年はエースナンバー10番を背負って、日本クラブユース選手権連覇、高円宮杯全日本ユースサッカー選手権大会優勝、Jリーグユース選手権大会準優勝の原動力となります。自身の個人成績も高円宮杯並びにJリーグユース選手権大会得点王に輝き、日本クラブユース選手権でMVPを獲得。ユース代表では、オーストラリア戦で決勝トーナメント進出を決定づける千金弾を決めるなど素晴らしい活躍をしました。

2004年に2種登録選手として、トップチームに出場。残留争いの渦中にて、ジュビロ磐田からゴールを奪ってチーム残留の救世主になりました。2005年にはトップチームに昇格を果たし、途中出場が大半でありながら、3度の決勝点をあげてチームに貢献。その後、激しいレギュラー争いの影響で、出場機会を失っていきました。

2007年に大分トリニータへ期限付き移籍した彼は、出場機会はそれほど多くありませんでしたが、圧倒的なテクニックと勝負強い得点感覚で輝きました。守備面でチェイスする場面などの成長を遂げていきますが、継続した結果を残せませんでした。2009年に完全移籍を果たし、2010年はFC東京へ期限付き移籍をしますが、不発に終わります。J2・2011年シーズンで30試合8得点と自己最高の成績を叩き出しますが、9月に主審に暴力行為を行ったことで7試合の出場停止を受けました。

2012年にコンサドーレ札幌に移籍。同チームでも時折輝きを見せることもありましたが、安定した活躍はできませんでした。現在はJ3のガイナーレ鳥取でJ2昇格を目指して、戦っています。彼はいわゆる「記憶に残る選手」であり、印象的なプレーが多い選手です。プレー以外にも記憶に残るエピソードもありますので、後述で紹介していきます。

02_前俊
by J’s GOAL

超絶美技に酔いしれろ!前田俊介選手の美技紹介

彼は何といってもひときわ輝きを放つテクニックが特徴的です。「百聞は一見に如かず」ですので、ここからは動画で紹介して行きます

重心の低い高速ドリブル、素早い切り返し、瞬発力のある加速(スプリント)、正確無比なパスセンス、敵を背負いながらでもシュートを決めるセンスなど超人的な能力を多く持っています(不安定であるのが玉に瑕ですが)

一瞬の煌めきは、Jリーグでもトップクラスでしょう。彼の美技を楽しみにするカルト的なファンは多く、某掲示板サイトでは「前俊を諦めない」という言葉が生まれるほど、多くのサポーターから愛されています。

数々の色濃いエピソード

前田選手は「前俊を諦めない」という言葉以外に、ネタキャラとして愛されている部分もあります。札幌時代の集合写真では、寒さに耐えながら写真に写る彼を、多くの前俊フリークから絶賛されました

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最前列右から4人目の凍えている11番が前田選手by ドメサカブログ

2014年4月20日に開催されたJ2第8節ザスパクサツ群馬戦にて、前田選手が決勝点を挙げて1-0で勝利。ゲームスポンサーのひまわりホールディングスから、賞金10万円を獲得した際の写真が印象的と話題になりました。

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天使のような笑顔で駆け巡る前田選手by nikkansports.com

他にも様々な色濃いエピソードが数多くありますが、文量の都合上割愛させて頂きます(本当はもっと紹介したいのですが、大変申し訳ないです)。このように、前田選手はプレー以外にも「記憶に残る選手」として愛されています。

現在の前俊も諦めない!

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by ドメサカブログ

2016年1月6日、前田選手はJ3に所属するガイナーレ鳥取に移籍が決定。多くの前俊フリークとコンサドーレ札幌サポーターが別れを惜しみました。

彼はコンサドーレ時代に当時監督だった石崎信弘氏から「あいつは天才じゃろ」と評価される反面、FC東京在籍時には当時監督だった大熊清氏に「何やってんだ。いつになったら本気で守備すんだよ。お前が、その程度の意識でやってるプレーは守備とは言わねえよ」と批判された過去もあります。

彼は扱いにくい選手であり、掴みどころのない性格とプレーは、時に諸刃の刃になりえるかもしれません。しかし、彼の「記憶に残る」プレーは多くのサッカーフリーク達を感動させてきました。新天地の鳥取で、華麗なプレーでサッカー界を盛り上げて欲しいです。

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