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飛ぶ鳥を落とす勢い!サンフレッチェ広島FW浅野拓磨の「進化論」

hirobrown

2016/05/29 20:00

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NEWS

浅野拓磨1
by SOCCER KING

昨年12月に開催された明治安田生命Jリーグチャンピオンシップ決勝の第2戦で年間優勝に導くゴール。今年1月のリオディジャネイロ五輪アジア最終予選を兼ねたAFC-U23選手権決勝での2ゴール。
クラブでも代表チームでも、共に途中出場から重要なゴールを挙げたのは、サンフレッチェ広島のU23日本代表FW浅野拓磨選手です。
昨年の「Jリーグベストヤングプレーヤー賞」を受賞した現在21歳。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのスピードスターです。

強豪・四日市中央高校への決意の進学

浅野拓磨2
by サッカーマニアのblog

そんな浅野選手は三重県の三重郡菰野町の出身で、7人兄弟の3男(男6人、末っ子が女)という大家族に生まれました。
大家族ゆえ、決して裕福とは言えなかった学生時代には、通話料が払えずに何度も携帯電話が止まった事もある家庭事情で育った浅野選手。中学時代はサッカー部の遠征さえも、「遠征費がかかるので」と拒否していました。サッカー用のスパイクもご両親に、「買って」と自分からは言えず、友人や知人の”使いまわし”でやり繰りしていたほどです。
しかし、浅野選手は大きな決意をします。高校進学が迫った中学3年時、進路相談の席ではいったん、「両親に迷惑をかけるから行かない」と拒否したものの、サッカー部の顧問や担任の先生を通して、「高校3年間は親御さんに無理をしてもらえ」と説得され、三重県内のみならず全国的な強豪校=三重県立四日市中央工業高等学校への進学を決めたのです。
この時、浅野選手には「プロサッカー選手になりたい」が夢ではなく、「プロサッカー選手にならなければいけない」という明確な目標に変化しました。

浅野拓磨3
by SOCCER KING

決意の進学を経た浅野選手は、四日市中央工業高校で1年生から3年連続で全国高校サッカー選手権へ出場。特に2年生時の第90回大会では史上4人目となる全試合得点を含む計7ゴールを挙げて大会得点王の大活躍。同大会で6ゴールを挙げたチームメートであり、共にJリーガーとなる田村翔太選手(写真右、現・湘南ベルマーレ)との「高校最強2トップ」でチームを準優勝に導きました。
当時からロングカウンターを1人で完結してしまえるスピードとドリブル突破、決定力が際立っていた浅野選手。もちろん、高校在学時にもJリーグの複数クラブからのオファーが届き、その中から選んだクラブがサンフレッチェ広島でした。

「何も恥ずかしくない」失敗を続けたプロ入り後の2年間

浅野拓磨4
by 気の向くまま日記

当時の広島は前年にクラブ史上初の主要タイトルとなるJ1リーグ優勝を成し遂げたチーム。それもリーグ22得点を記録したFW佐藤寿人選手は、「Jリーグ最優秀選手」に選出されただけでなく、「得点王」「ベストイレブン」「フェアプレー個人賞」と史上初の個人賞4冠を受賞したレジェンド中のレジェンドの最盛期でした。最も難しい環境を選択したと言えるでしょう。
そして加入1年目、広島は大逆転でのリーグ連覇を果たすも、浅野選手はリーグ戦で1試合の途中出場のみに終わりました。ただ、2年目はJリーグのシーズン開幕を告げるフジ・ゼロックス・スーパーカップで天皇杯覇者の横浜Fマリノスを相手に、途中出場からチームを勝利に導くプロ入り初ゴールを記録。今では「必殺技」となった途中出場からの得点で大きな飛躍を期待させてくれました。
しかし、その後は全くの不発。2014年シーズンの浅野選手は公式戦20試合に出場しましたが、得点はスーパー杯の1得点のみに終わりました。

偉大なる先輩・佐藤寿人~フィジカル強化と武器の引き出し方

佐藤寿人5
by サッカーキング・オピニオン

ここで重要な存在となったのが、ライバルでもある広島のFW佐藤選手。浅野選手を連れて頻繁に食事やショッピングに出かけ、誕生日プレゼントまで用意してくれる大先輩からのアドバイスでした。
具体的にはフィジカルの強化。佐藤選手自身もリーグ優勝を果たした2012年の過程となっており、自身が2010年シーズンの後半戦で長期離脱をした期間を活かして肉体改造に取り組んでいました。
その結果、「まるでレスリング選手か?」のようなお尻が突き出たような下半身と体幹を手にした佐藤選手。これにより、相手DFからのチャージを吸収して利用できるようになり、相手DFと接触しながら入れ替わって抜け出すプレーや、ポストプレーの種類も増加。プレースタイルに大きな幅が出来ました。
身長170cmの佐藤選手に対して、同171cmの浅野選手。体格的にも似ている大先輩のアドバイスを聞き入れた浅野選手。見るからに肩幅が広くなり、逞しくなったフィジカルを手にした浅野選手。自慢のスピードを試合の中で自由自在に使えるようになりました。
また、プロ入り後の2年間で、「失敗し続けたので、もう何も恥ずかしくない。」と語る浅野選手は、ミスや細かい事を考えるよりも自分の武器であるスピードを強烈に引き出す事を意識付けていました。来る2015年シーズンへ向けて精神的にも確かなステップを踏んでいたのです。

リーグ優勝奪還の切り札は、リオ五輪でも切り札に!

浅野拓磨6
by サッカーキング・オピニオン

心身の準備を万全に整えて迎えた2015年シーズン。浅野選手は第6節のFC東京戦で途中出場し、自らの強引なドリブル突破からJリーグ初得点を記録。以降はベテランの域に差し掛かった佐藤選手と毎試合60分前後で交代する「必勝リレー」から強烈なプレーを連発。リーグ戦では32試合(先発2試合)に出場して8ゴールを挙げ、広島のリーグタイトル奪還に大きく貢献。全公式戦では48試合で18ゴール。つまり、カップ戦に強さを発揮しています。
また、浅野選手はリーグでの浦和レッズ戦やチャンピオンシップでのガンバ大阪戦、U23日本代表でのアジア選手権の決勝・韓国戦など、多くのビッグマッチで重要な得点を決めています。特に今季はAFCチャンピオンズリーグで4試合3得点、昨年末のFIFAクラブW杯でも得点を挙げるなど、国際舞台で印象的な活躍を見せてくれる選手です。
ただ、Jリーグでは昨季の第2節で先発出場して以降は途中出場のみとなり、今年3月20日の大宮アルディージャ戦で先発出場するまで、「歴代最長の33試合連続途中出場」という珍記録を作っていました。
新たに背番号を『29』からエースナンバー『10』に変更した今季。広島で常時先発起用されるレギュラーとなるために、今季はワンタッチで前を向くターンに正確さと鋭さを増している浅野選手。
リオ五輪での活躍はもちろん、それ以降も大きく羽ばたきそうな浅野選手の進化は、まだまだ止まりそうにありません!

そして、彼の笑顔は常に周囲へ好循環を促します、決して裕福とは言えない家庭ながら、笑顔が絶えない浅野家で育った事について、「他所の家を羨ましいと思った事など1度もない」と言い放つ浅野選手。
彼の笑顔が今年も所属するサンフレッチェ広島を、そしてU23日本代表を、そしてフル代表にも歓喜をもたらしてくれる事を願います!

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