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日本人最多優勝監督!サンフレッチェ広島・森保一

桜川あさひ

2015/12/13 18:00

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今季、2年ぶり3度目のJ1優勝に輝いたサンフレッチェ広島。
チームを指揮し、日本人最多優勝監督となった森保一監督についてまとめてみました!

あだ名は‘ポイチ’…森保一監督〜プロフィール〜

森保一1
by Web Sportiva

森保 一(もりやす・はじめ)監督 ニックネーム:ポイチ
1968年8月23日生まれ
長崎県出身
現役時の歴代所属クラブ:マツダ→サンフレッチェ広島→京都パープルサンガ(現・京都サンガFC)→ベガルタ仙台(2004年1月現役引退発表)
指導歴:サンフレッチェ広島強化部育成コーチ→サンフレッチェ広島コーチ→アルビレックス新潟ヘッドコーチ→サンフレッチェ広島監督(2012年〜)

愛称は‘ポイチ’。
高校生の時、公式記録に「森 保一」と書かれることがあり、それを見た高校の同級生に‘ポイチ’と呼ばれるようになったようです。

ボランチを定着させた現役時代

森保一2
by SOCCER DIGEST WEB

森保監督は現役時代、守備的MFとして中盤の底でボールを奪うことに長けた選手でした。日本にボランチというポジションを確立された選手でもあります。

1987年にマツダ(現・サンフレッチェ広島)に加入した森保監督。当時は会社員とサッカー選手、二足の草鞋での生活を送っていました。
この頃、マツダの監督を務めていた、後にサッカー日本代表監督に就任するハンス・オフト氏に見い出された森保監督。1991年にマツダとプロ契約を結び、1993年に開幕したJリーグでは、サンフレッチェ広島の選手として中盤で活躍しました。1994年には広島のリーグ優勝に貢献します。

ドーハの悲劇を経験した日本代表

1992年4月、サッカー日本代表監督に就任したオフト氏によって、当時無名だった森保監督が異例の大抜擢で初招集されます。早速、同年5月のアルゼンチン戦ではスタメン出場を果たし、高評価を得ました。

1993年10月に行われたアメリカW杯アジア最終予選のイラク戦。後にドーハの悲劇と呼ばれることになる試合に、森保監督は先発出場します。
2-1で勝利が確実視された日本代表は、後半アディショナルタイムでイラク代表に同点ゴールを挙げられ、試合は2-2のドローで終了。勝利ならばW杯初出場を掴んだ日本代表は、あと少しのところでその切符を逃してしまいました。

日本人最多優勝監督に!広島を成熟させた指揮官

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by Web Sportiva

2012年、広島の監督就任1年目で、チームをJ1リーグ初優勝へ導いた森保監督。翌2013年もJ1王者に輝き、連覇を達成します。そして2015シーズン、チームは2年ぶり3度目のJ1王者に輝きました。

Jリーグの強豪クラブへと成長する広島。
どんな状況でも繋ぐことのできるパスサッカーが特徴的で、ベテラン選手が中心となる中でも、若手選手がしっかりと頭角を現す成熟された強さを感じることができます。

森保監督自身は、クラブへ3度の優勝くもたらす結果となり、これは日本人監督として最多の優勝回数となります。

広島の黄金時代の到来も予感させる森保監督の指揮。日本サッカーの底上げが叫ばれる中、今後さらに森保監督の手法に注目が集まりそうです。

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