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香川、柿谷らが背負ってきたセレッソ大阪の歴代「8番」

編集部

2015/06/04 10:05

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サッカーのエースナンバーと言えば背番号10であることが多いですが、これは昔の名残なんです。
かつて、選手の背番号が固定ではなかった頃、ゴールキーパーから順に1,2…とつけていくとちょうどゲームメーカーや、トップ下、2トップの一角にあたるポジションが10番にあたったことに由来しています。

現在は選手の背番号が固定制となり、各選手様々な番号をつけています。99番なんて選手もいます。
そして、各クラブにはそれぞれ重みのある背番号があります。

香川をはじめ、日本代表選手を多く輩出してきたセレッソ大阪はこの大事な番号、エースナンバーが「8」になります。
日本でも有数のこの重みのある番号をどんな人が背負ってきたのか、みてみましょう。

初代8番・森島 寛晃

森島選手
by THE PAGE

生年月日:1972年4月30日
出身地:広島県広島市南区
身長:168cm
体重:62kg

セレッソの前身であるヤンマー時代からセレッソ一筋のミスターセレッソ。
ヤンマー時代の1992年から2008年に引退するまで8番をつけました。現役時代は一度もタイトルを手にすることがなく、リーグ優勝を1回、天皇杯を2回、ステージ優勝を1回、それぞれあと一歩の目前で逃しています。
日本代表としても長く活躍し、1998年・2002年のワールドカップに出場。2002年日韓ワールドカップでは、自国開催の自チームのホームで得点を挙げるというレアな記録も残しています。
上背は無いものの豊富な運動量で駆けまわり、ゴールした際の飛行機ポーズがお馴染みでした。「セレッソの象徴」は2008年に引退する際に、自身の後継者として指名した香川真司に8番を託します。

二代目8番・香川 真司

香川選手
by SOCCER KING

生年月日:1989年3月17日
出身地:兵庫県神戸市垂水区
身長:175cm
体重:68kg

言わずと知れた、現日本代表の10番。2006年にセレッソに入団。高校卒業前の選手がプロ契約を交わすのはユース昇格を覗いて史上初でした。
2008年に森島より後継者として指名され、2009年より8番を着用。その年はJ2得点王に。2010年にドイツのドルトムントに移籍、2012年には名門マンチェスター・ユナイテッドへ。
日本を代表する選手となりました。現在はドルトムントで活躍しており、その去就も注目されています。

三代目8番・清武 弘嗣

清武選手
by Cerezo Osaka

生年月日:1989年11月12日
出身地:大分県大分市
身長:172cm
体重:66kg

こちらも現日本代表。大分トリニータで2008年よりプロキャリアがスタートし、2010年にセレッソに移籍。
2012年に香川が移籍して欠番となっていた8番を継承。セレッソ出身者以外での初の8番となりました。
その後、ドイツのニュルンベルクへ移籍。現在は同じくドイツのハノーファー96でプレーしています。

四代目8番・柿谷 曜一朗

柿谷選手
by Football High

生年月日:1990年1月3日
出身地:大阪府大阪市
身長:177cm
体重:68kg

セレッソの地元・大阪出身で、4歳の頃にセレッソの下部組織に入団。
子供の頃より天才ともてはやされ、2006年に1歳上の香川と同時にクラブ史上最年少の16歳でプロ契約。
当初は途中出場を中心に出場機会を得ていたが、香川や乾など他の若手の台頭もあり出場機会が徐々に減少。
そうするとモチベーションが下がり、2009年より遅刻を繰り返すようになります。ついには監督からプロ意識が欠如していると指摘され、徳島ヴォルティスにレンタル移籍という形で放出されます。
徳島でまわりの選手に感化され、徐々に素行が改善、2012年にセレッソに復帰しました。大活躍もあり、2013年よりついに憧れの8番をつけることとなります。
現在はスイスの名門バーゼルに所属していますが、出場機会があまりなく去就が注目されています。

そして現在は…欠番

こうやってみると歴代の8番は全員ワールドカップに出場しているんですね。すごい。
現在は欠番ですが、スイスで出場機会のない柿谷選手が夏にセレッソに戻ってくる…なんて噂も。さて、どうなるのでしょうか。
次の8番はどうなるのか、楽しみですね。

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