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Jリーグ日本人屈指のワントップ代表選出!浦和レッズ・FW興梠慎三の経歴

岸豊

2015/09/03 08:08

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2015年のファースト・ステージを制し、セカンド・ステージそして年間でも優勝争いを演じている浦和レッズのエース・ストライカー、興梠慎三選手についてまとめました。

興梠慎三1
by URAWA RED DIAMONDS

プロ入りまでの簡単な経歴

興梠選手は宮崎県出身で、1986年7月31日、興梠家の次男として誕生しました。幼少の頃から足が早かったそうで、お母さんが足を活かせるスポーツをさせてあげようと選んだのがサッカーだったとのことです。

小学生時代は地元のサッカークラブ「宮崎東SSS」で厳しい練習に身を投じ、小学校卒業後は東大宮中学校に進学。

そして高校は名門として知られる鵬翔高校を選択しました。同校での活躍に目を止めたのが、Jリーグデビューを果たすことになる鹿島アントラーズのスカウトでした。

興梠慎三2
by 興梠慎三後援会

鹿島アントラーズ時代

高校卒業と同時に鹿島アントラーズへ入団した興梠選手は、2005年4月16日に行われた、鹿島vs千葉の試合でJリーグデビューを果たしました。

今の活躍からすれば意外に聞こえるかもしれませんが、初ゴールはデビューから2年後の2007年6月9日に行われた大分との試合です。この鹿島時代には、2トップとしてコンビを組んだマルキーニョス選手に大きく影響を受けたそうです。

興梠選手曰く、「彼から一番学んだのは、身体の入れ方」とのこと。確かにディフェンダーとの競り合いで発揮される強さとボディ・バランスの良さは、マルキーニョス選手を彷彿させるものがありますね。

興梠慎三3
by 鹿島アントラーズ原理主義

浦和レッズへの移籍

興梠選手は、2012年オフに鹿島アントラーズから浦和レッズへ完全移籍します。
移籍後は、1トップとして得点を量産し、2013には自己最多得点(12得点)を更新する13得点を挙げました。また、豊富な運動量を活かした前線でのプレスでもチームに貢献し、不動のエースとしての地位を確立しました。

2006年以来、優勝から遠ざかっていた浦和レッズは、興梠選手の加入以降、毎年のように優勝争いを繰り広げるようになります。加入した2012年は3位、翌年は6位と順位を落としますが、2014年には2位まで順位を上げます。

そして2004年以来の2ステージ制導入となった2015年のファースト・ステージでは、なんとJ1史上初の無敗優勝を果たしました。

興梠慎三4
左端が興梠選手。by Web Sportiva

代表選出!

興梠選手は今年3月、4年ぶりに日本代表へ招集されました。しかし練習中に負傷し、残念ながら離脱してしまいます。
そして、今回のワールドカップ二次予選に再び招集!今回はフルメンバーですが、きっと出番は廻ってくるはずです。

興梠慎三5
by JFA

今の日本代表は深刻な得点力不足に悩んでいるので、興梠選手のように高い決定力を持った選手が必要なはず。
浦和レッズでの活躍はもちろんですが、これからは日本代表としての活躍、そしてゴールにも期待したいですね!

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