Shooty

引退・小笠原満男の足跡 王者の象徴として

佐藤文孝

2019/01/04 08:30

2019/01/03 23:22

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かつては「寡黙な人」でもあった。

 20年ほど前、シドニー五輪出場に向けて邁進していた23歳以下日本代表。秋のアジア地区最終予選を前に開催された韓国代表との壮行試合。国立競技場、蚕室スタジアムと両国で行われ、勝利を手にしたのは2試合とも日本だった。「黄金世代」と呼ばれた若き選手たちは隣国を計180分に渡り制圧し、歴史に残る圧勝劇を繰り広げた。
 
 しかし、この2つの試合を最後に、次の舞台に登ることが出来なかった男がいた。

 その後の遠征において、フィリップ・トルシエ監督に「コミュニケーション不足」を指摘され、練習でも荒々しい声をぶつけられる。そしてその要求に応えられずに若き日の小笠原満男は五輪を目指す集団から外された。

 先月のクラブワールドカップ(CWC)終了後、小笠原満男が現役を引退した。3位決定戦、リバープレートに2点を奪われた鹿島は後半30分、小笠原を最後の交代選手としてピッチに送った。ベテランの表情はすぐさま険しいものに変わり、味方に声をかける。クラブではGK曽ヶ端準とともに最年長であり、精神的にもチームを支え続けてきた背番号40はビハインドを跳ね返すべく南米王者に喰らいついていった。劣勢に立たされた味方を鼓舞し、強豪に一矢報いようと立ち向かうその姿は鹿島アントラーズに脈々と受け継がれる王者の魂そのものにも感じられた。

 39歳となり、20年に渡り鹿島アントラーズの骨格として常勝軍団を作り上げてきた。観ているものからすると、闘志を内に秘める、そういう言葉が当てはまるようにもみえる。しかし、その闘志は極めて強く激しいものであり、そして誰よりも熱を帯びていた。

 2000年代初頭のジュビロ磐田との覇権争いを戦い、海外移籍も経験した後、鹿島でリーグ3連覇を達成。ワールドカップにも2度出場を果たす。若き日、フランス人指揮官から下された判断が正しかったかどうかはわからない。ただ、負った傷は確実に小笠原という選手の成長を促した。

 CWC最終戦を戦い終えた直後の小笠原は語った。
「(アントラーズは今後)Jリーグでもアジアでも常に勝てるチームを目指していきたい」
 国内外での常勝を期すという、決して簡単ではない目標を後進に受け継ぎ、王者・鹿島を支えた男はユニフォームを脱いだ。

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