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ドイツの大地に根差すことができるか?サガン鳥栖MF鎌田大地選手の挑戦

扇ガ谷 道房

2017/06/27 08:10

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NEWS

Erdboden(エーアト・ボーデン)。ドイツ語で”大地”という意味の単語です。6月24日(土)に若きJリーガーの海外移籍のニュースが発表されました。エーアト・ボーデンというドイツ語の意味を名前に持つサガン鳥栖の鎌田大地選手です。(以降、鎌田選手と記載。)
今では多くの日本人サッカー選手が活躍しているドイツ・ブンデスリーガのアイントラハト・フランクフルトへの完全移籍契約が成立したのです。
オリンピック代表や日本代表に選出された経験は無く、高校卒業後にサガン鳥栖へ入団してから3年目の選手ですから、鎌田選手の事をご存じ無い皆さんも多い事でしょう。
ブンデスリーガのクラブから入団を求められた鎌田選手とはどんな選手なのか、所属クラブ情報と共にご紹介致します。

順風満帆ではなかったプロへの道

サガン鳥栖に所属している(筆者執筆時点)鎌田選手ですが、出身地は愛媛県で、中学時代はガンバ大阪ジュニアユースに在籍していました。
 
中学生から高校生になると、Jリーグの下部組織では、ジュニアユースからユースチームにプロセスが進みます。実はここでふるいにかけられて、昇格できる選手と昇格できない選手に分かれてしまうのです。
 
実は鎌田選手はガンバ大阪ジュニアユースからユースに昇格する事ができなかったのです。その為、高校時代は京都市の東山高校に進学し、サッカー部に入部します。
 
現在の日本代表である本田圭佑選手(ACミラン)も、ガンバ大阪ジュニアユースからユースに昇格できず、星稜高校に進学してサッカーを続けた事は多くの皆さんが知る所だと思います。鎌田選手も本田選手と同様に、高校進学時代に一度挫折を経験している選手なのです。
 
その後高校卒業時にサガン鳥栖に入団する事になるのですが、高校時代に特筆すべき実績を残している訳ではない鎌田選手には、他のJリーグクラブからはオファーがありませんでした。唯一オファーを出してくれたクラブがサガン鳥栖であった訳です。
 
中学卒業時点で、ガンバ大阪ユースに昇格できずに、一度はJリーグクラブのエリート・プロセスを離れる事になった鎌田選手ですが、2015年に晴れてJリーガーとなる事ができたのです。
 
人生では挫折や失敗を誰でも経験するものです。そうであったとしても、自らの夢や希望を失わない限り、その想いが実現するチャンスがあるのも人生です。
鎌田選手や本田選手の例は、その事を証明してくれている実例と言えます。
 


by 東山高校サッカー部のサイト

送り出すクラブと受け入れるクラブ

プロサッカー選手は、数年間の期限でクラブと所属契約をしているのが常です。ですから、数年に一回は契約の更改時期が訪れます。
その時点で、所属クラブに留まるのか、新たなクラブへ移籍するのかという選択を迫られます。当然、戦力外通告を受ける事もある厳しい世界です。
 
契約満了に伴う移籍の場合、獲得するクラブはその選手の原籍クラブに移籍金を支払う義務はありません。
 
一方で、契約満了では無い選手を獲得したい場合は、獲得するクラブは原籍クラブに移籍金を支払う必要があります。契約している所属選手をプロテクトする事が最大の制度目的なのです。
 
今回の鎌田選手の移籍の場合は、後者のケースに当たる為、獲得したアイントラハト・フランクフルトはサガン鳥栖に対して移籍金を支払う義務を負います。
今回の移籍金は、ドイツ紙のビルトによれば250万ユーロという事なので、日本円で約3億1千万円という金額をサガン鳥栖は受け取る事になります。
移籍金を払ってまで他クラブで契約中の選手を獲得したいという事は、獲得意向のあるクラブには相当な理由が存在しているという事です。
 
それはチーム事情であったり、コストパフォーマンスの高い選手を手に入れる経済側面であったり、話題作りだったり様々です。
今回の鎌田選手の場合は、かなり前者に近いのではないかと筆者は考えています。

鎌田選手を送り出すサガン鳥栖というクラブ

移籍金を受け取って選手を送り出すクラブには複数の考え方が存在します。
 
有力選手を失う事によるマイナス面もあれば、多額の移籍金を獲得する事による経済的なメリット。又、両者を原因とする新たな有力選手の獲得。
一方で、若い選手を海外移籍させる場合は、海外の有力クラブで活躍する事を応援する意味合いもあろうかと思います。
 
今回鎌田選手を送り出す事になったサガン鳥栖というクラブについて、少しご紹介致します。
サガン鳥栖は1997年に創設されたクラブで、Jリーグクラブの中でも比較的歴史の浅いクラブです。1999年にJリーグに加盟し、2011年にJ1に昇格して現在に至っています。
 
ホームタウン人口がJリーグクラブの中で最も少ないというデメリットを抱えていますが、佐賀県全域での活動を通じて、地道に経営努力を続けているクラブです。
クラブの前身は、実はPJMフューチャーズという静岡県リーグのクラブでした。静岡県浜松市から鳥栖市に移転して、鳥栖フューチャーズとして活動を始めます。
 
その後親会社の撤退により存続が危ぶまれたのですが、5万人を超えるサポーターの署名により、サガン鳥栖FCに生まれ変わり現在に至っています。
この様に、小さな都市における若いクラブながら、地元の熱いサポーターに支えられた九州唯一のJ1クラブ(現時点で)として活躍しているクラブです。
 
鎌田選手はこのクラブで2年半過ごして、ドイツの地に赴く事になりました。サガン鳥栖から海外移籍する最初の選手になったのです。
  


by 鳥栖市公式ホームページ

鎌田選手を受け入れるブランクフルトというクラブ

一方、鎌田選手を受け入れる事になったアイントラハト・フランクフルトは、1899年に創立したドイツでも歴史あるクラブです。
本拠地はドイツ・ヘッセン州のフランクフルト。人口69万人の大都市です。鳥栖市の約10倍の人口を有します。
 
1963年に創設されたブンデスリーガのオリジナルメンバーでもある歴史と伝統のあるクラブです。
鎌田選手以外にも、日本人選手が在籍していた事でも知られています。稲本潤一選手(コンサドーレ札幌)、高原直泰選手(沖縄SV、代表・監督も兼任)、乾貴士選手(SDエイバル)が在籍していました。
 
そして日本代表キャプテンの長谷部誠選手が2014年から現在も在籍している事でも知られています。
ですから、Jリーグから日本人選手を受け入れる事には慣れているクラブと言う事ができます。


by Eintracht Frankfurt ©

プレイスタイルと期待される特徴

鎌田選手は身長180cm。サッカー選手として大きい訳でもありませんが、決して小さい訳でもありません。ブンデスリーガはJリーグと違い、接触プレイはワイルドにガツガツ当たって来ますから、自身の経験不足と対戦相手のフィジカルの強靭さの両面で恐らく壁に突き当たる筈です。

然しながら、鎌田選手には、年齢に相応しく無い程の沈着冷静さと、サッカー選手に必要な様々なスキルを満遍なく備えているという運動神経の高さがあります。
20歳という若さで、ブンデスリーガのピッチに立つ事ができれば、彼の高いスキルと落ち着いたプレイスタイルは、フランクフルトというチームに新たな活力を生み出す可能性に秘めています。
 
2年半のサガン鳥栖在籍中で、リーグ戦65試合に出場し13得点を挙げています。FW登録では無いにも関わらず、13ゴールを決めている決定力もありますが、真骨頂はゲームを俯瞰できる戦況分析力の高さと、周囲を活かす事のできるパスワークだと筆者は観ています。
 
Jリーグで言えば、中村憲剛選手(川崎フロンターレ)、清武弘嗣選手(セレッソ大阪)らが持つセンスに繋がるスキルの持ち主ではないかと思っています。
 
既に現地スポーツ紙やサポーターからは、トップ下で持ち味を発揮しそうだという声等、好意的な発言が伝わって来ています。
 
日本代表キャプテンの長谷部選手も在籍している事から、ドイツでの公私に亘るアドバイスや、代表に選出される為に必要な事なども、直接伝授される可能性もプラスでしょう。
ドイツの大地に根差したサッカー選手になるべく、活躍を期待したい若手選手です。

2017年6月25日、ベストアメニティスタジアムで行われた浦和レッズ戦の後に行われた退団セレモニーで、鎌田選手は「サガン鳥栖に、僕は高校の時に拾ってもらって、僕はサガン鳥栖以外チームが無くて、その中でサガン鳥栖だけが僕に唯一声をかけてくれました。」と話していました。
筆者が第2チャプターで述べた事を自ら話してくれていました。サガン鳥栖というクラブとサポーターに対する感謝と愛情がひしひしと伝わる素直なスピーチでした。
ドイツの大地になるべく頑張って、日本代表となって帰って来て欲しい選手です。

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